「世紀の一戦」が教えてくれるプロ野球の魅力。書評「10・8 巨人VS.中日 史上最高の決戦」(鷲田 康)

2014/07/22

1994年10月8日、優勝をかけたシーズン最終戦。長嶋監督が「もはや国民的行事」と語ったように、この一戦は、平均視聴率48.8%(プロ野球中継史上最高)。2010年に日本プロ野球機構が現役の監督、コーチ、選手を対象にしたアンケートで「最高の試合」部門1位となった試合でもあります。

伝説として語り継がれる「世紀の決戦」の裏側には、どのようなドラマがあったのか。本書は、今中、松井、立浪、桑田、大豊、斎藤といった戦った男たちの証言で、「世紀の決戦」を振り返った1冊です。

負けたら引退を覚悟していた落合博満

この試合がどういう試合だったのか。それは、落合博満が試合前日に自宅を出るときに、信子夫人に語った言葉が物語っています。

もし、明日の試合で負けたらオレは引退する。
長嶋監督を優勝させるために巨人に移籍したのに、
それができなかったら誰かが責任を取らなきゃならない。
だから明日の試合に負けて、もし優勝を逃すことになったら、
オレは引退するよ。

まるで兵士が戦争に行く前に語るような言葉ですが、三回の三冠王を獲得した大打者ですら、それだけの覚悟を持って臨んだ試合。それが「10・8」だったのです。

選手たちを飲み込む「世紀の決戦」の雰囲気

そんな「世紀の決戦」の独特の雰囲気は、「いつもと変わらない朝だった」「いつもの試合と同じように臨もうと思った」はずの選手たちを、否応なく飲み込んでいきます。

先制ホームランと逆転のタイムリーを放った落合は、役割を終えたかのように負傷退場し、立浪は「人生で一度もやったことがない」というヘッドスライディングを敢行し、左肩を脱臼し、負傷退場します。負傷退場する人が2人も出る野球の試合なんて、めったにありません。それだけ、選手たちはこの試合に人生をかけていたのです。

長嶋監督が作り上げた「勝つ雰囲気」

そんな「世紀の決戦」の勝敗をわけたものの要因の1つは、長嶋監督です。試合前に「勝つ!勝つ!勝つ!」と叫んだ伝説のミーティングだけでなく、選手を前向きな気持ちにさせるために、わざとポジティブな言葉をかけたり、自信を持たせるための映像を見せたりといった、「自分たちが勝つ雰囲気」を作り上げていました。

「カンピューター」と呼ばれることが多かった長嶋監督の采配ですが、実は繊細な心配りによって振るわれていたことが、本書を読んでいるとわかりますし、結局、長嶋監督が作り上げた「自分たちが勝つ雰囲気」に、中日は飲み込まれていったような気がしてなりません。

自分の身体を犠牲にしてでも勝ちたかった試合「10・8」

そして、「10・8」に出場した選手たちが、みな怪我などに苦しみ、成績を落としていったことも興味深いです。桑田は翌年にはヒジを手術し、立浪が脱臼した左肩は、選手生活の終盤はスイングするのも困難な状態だったそうです。自分の身体を犠牲にしてでも、勝ちたかった試合。それが「10・8」なのです。

個人的には、スポーツノンフィクションとしては、「争うのは本意ならねど」以来の傑作だと思います。
野球好きは読んで損はありません。人は、なぜプロ野球に熱狂するのか。プロ野球の魅力は何か。それがよく分かる1冊です。

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