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建築家とは、チャンスがあれば世界の果てまでも出かけてコンペを競うK-1ファイターのような存在である

      2013/04/10

にほんの建築家 伊東豊雄・観察記

僕が旅をする時、必ず持っていく本があります。それは、「にほんの建築家 伊東豊雄・観察記」です。伊東豊雄さんは「せんだいメディアテーク」「まつもと市民芸術館」「多摩美術大学図書館」「表参道トッズビル」など、話題の建築をいくつも手がけたことで知られ、今年は”建築界のノーベル賞”と呼ばれるプリツカー賞を受賞されている建築界の第一線を走る建築家です。日本だけでなく、海外でも数多くのプロジェクトを手がけています。

建築は、その場所にしか建たない固有のものなので、どんなに場所が遠くても、プロジェクトがあれば現地に行かなくてはなりません。敷地と対面し、施主に会い、それを取り巻く社会や文化の環境を肌で感じて、そこに建てられるべき建築のイメージを作る必要があります。

したがって、どんなに情報伝達技術がすすんでも、建築家は仕事を進めるためには、敷地から敷地へと旅をする必要があるのです。伊東豊雄さんのように、海外にプロジェクトを抱える建築家の場合、1年間で世界を何周もするほど移動しながら、幾つものプロジェクトを同時に進めていく必要があります。

建築家は、主に”コンペ”と呼ばれる設計競技に応募し、そこで自身のアイディアを図面や模型を通じて問いかけ、コンペを勝ち抜くことで、仕事を獲得していく必要があります。ただ、待っているだけでは、仕事を依頼されることはありません。

近年、日本では大規模な建築コンペが行われなくなったため、海外のコンペに応募する機会が増えていると聞きます。海に囲まれた島国である日本から出向いて海外の仕事を獲得するためには、仕事を勝ち取ろうとする強い覚悟と、覚悟を支える体力も必要です。

伊東豊雄さんは、建築家という職業について、「にほんの建築家 伊東豊雄・観察記」の中で、このように語っています。

かつて優れたアーキテクト(建築家)と言えば、タバコをくゆらせ、深く内面を見つめながら、静かにスケッチを描く芸術家であった。しかし、今アーキテクトとはそんなスタティックな存在ではない。アーキテクトとは、チャンスがあれば世界の果てまでも出かけてコンペを競うK-1ファイターのような存在である。

伊東豊雄さんは、現在72歳。下積み期間が長い建築家のピークは40歳前後と言われる中でも、70歳を過ぎても第一線を走り続けるのは、本当に大変なことだと思います。なぜ伊東豊雄さんは70歳を過ぎても走り続けられるのか。それは、「にほんの建築家 伊東豊雄・観察記」の中に書かれた一文に秘められた覚悟にあるのではないのでしょうか

走り続けていれば必ず何か問題が見えてくる。どこかで手を抜いたりまわりを見渡さないでひと休みしていたりすると、すぐに建築家はダメになる。

以前「GA JAPANが特集した「建築事務所のマネジメント」」という記事を書くきっかけとなった、「天を翔る新しい建築家像」特集では、隈研吾さんと藤本壮介さんという世界で活躍する2人んインタビューから、世界中を旅しながらプロジェクトを進める現代の建築家の仕事の進め方を紹介していました。また、同じ号では、安藤忠雄さんがインタビュー内で海外のクライアントとの契約に弁護士を挟まない、仕事に特化した社内向けの英語レッスンなどが紹介されていました。

伊東豊雄さんを含めた4名に共通するのは、世界中に仕事を取りにいく覚悟があると同時に、仕事を取ってこなしていくためのマネジメント手法も身につけていらっしゃいます。建築家個人がいくら意気込んで仕事をとってきても、一緒に仕事をする所員たちがこなせなければ意味がありません。アイディアを世の中に問いつつ、世界中に仕事を求め旅し、部下のマネジメントもこなす。建築家はタフでなければやっていけない職業だとつくづく感じます。

高城剛さんが、以前“クリエイターに必要なのは、アイディアと挑戦する魂だけ”と語っていたことがあります。「にほんの建築家 伊東豊雄・観察記」を読んでいると、建築家は、まさにそんな職業だと言えます。

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