福山雅治にだってコンプレックスはある

Cut (カット) 2013年 06月号 [雑誌]

先日「スタジオジブリとは鈴木敏夫そのものである。」という記事で、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーのインタビューをまとめた書籍、「風に吹かれて」の書評を書きました。僕は鈴木さんが潜在的に抱えていた「居場所がない」という想いが、スタジオジブリという居場所を作らせたのだと書いたのですが、書きながらふと思い当たったことがあるので、思いつくまま書いてみたいと思います。

福山雅治が抱えていたコンプレックス

ミュージシャンとしてでなく、俳優としても活躍する福山雅治さん。でも、福山さんの現在の活躍ぶりは、必ずしも本人が当初から思い描いていたものではなかったと聞いたら、どう思うでしょうか。

福山さんが長崎にいた頃に好きだった音楽は、現在のような音楽ではなく、THE MODS、ルースターズ、シーナ&ザ・ロケッツといった「めんたいロック」と呼ばれるかっこいいロックバンドの音楽でした。THE MODSには不良のイメージがあったので、上京する前の福山さんは地元の不良とつるんでみたのですが、どうも肌に合いません。

音楽をやるために上京した後、申し込んだオーディションは、音楽ではなく映画のオーディション。アミューズに入って、音楽をやることになるものの、曲の作り方が分からず悪戦苦闘。むしろルックスから俳優としての評価が先行し、ミュージシャンとしての評価は5枚めのアルバム「Calling」まで、待たなければなりませんでした。

「Calling」がヒットしても、福山さんには満たされない思いがあったといいます。元々は「めんたいロック」のような音楽がやりたくて音楽を志したのに、自分が歌っている音楽は違う。でも、いくら努力しても「めんたいロック」のような曲は書けない。どうしたらよいのか。
福山さんは試行錯誤の結果、ある結論にたどり着きます。自分は「めんたいロック」は書けない。でも、自分にしか書けない曲がある、と。

紹介した福山さんのエピソードは、「CUT」という雑誌に収録されています。(インタビュアーは「風に吹かれて」同様に渋谷陽一さんです)福山さんの記事を読んでいて驚いたのは、周りから見ると満たされているように思える人でも、何らかの形でコンプレックスを持っているのだということです。

人が変わるきっかけはコンプレックス

ロッキング・オンの名物企画に「20000字インタビュー」という企画があります。インタビュー対象者の半生を聞くことで、創作の原点となっている要素は何かを探っていく企画です。ここで明らかにされるのは、インタビュー対象者の「コンプレックス」です。鈴木さんにとっての「居場所がない」、福山さんにとっての「何か違う」という思いは、そのまま「コンプレックス」として置き換えられます。そのコンプレックスを解消させようとする行為が、素晴らしい作品を生み出すのです。

本田圭佑が足が速くて、高校に進学するときにガンバユースにそのまま残っていれば、今のような選手になっていないかもしれません。バレーボール日本女子代表の竹下佳江さんは、背が小さいというコンプレックスをバネに、世界有数のセッターに成長しました。モデルの人には、コンプレックスとなっている場所をむしろ自分の特徴として、強調する人もいるのだと聞いたことがあります。

人が変わるきっかけって、何かになりたいという憧れる気持ちが、きっかけになることもあると思うのですが、本当にきっかけとなるのは、自分にとっての嫌いな自分。つまり「コンプレックス」なのではないのでしょうか。コンプレックスに思う部分は、人それぞれです。容姿端麗な人にとっては、容姿が人より恵まれていることが、コンプレックスになることもあります。

自分は何がやりたいのか。何をすればいいのか。
迷っている人がいたら、まずは「自分自身のコンプレックスとは何か」を考えてはいかがでしょうか。
そこに成長のヒントが隠されているんじゃないかと思います。

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