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イビツァ・オシムの闘いは終わらない

   

NHK BS1で放送されていた「オシム 73歳の闘い」を観ました。

病に倒れ、日本代表の監督を辞任してから、オシムが何をしていたのか、あまり知られていません。しかし、オシムは、病に倒れた後も闘いを続けていました。それは、彼にしか出来ない闘いでした。

2011年、民族別に3つに分かれているボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー協会が統合を拒否したためにFIFA、UEFAから資格を停止されます。資格を停止されれば、ワールドカップやヨーロッパ選手権といった国際試合や大会に、一切参加できません。その解決のために設置された「正常化委員会」の委員長に就任したのが、オシムでした。FIFAから与えられた期限は、1ヶ月半。成功する確立は低いといわれた闘いでした。

オシムは、クロアチア系、ムスリム系、ボスニア系の実力者たちと会って協力を要請。どの民族にも属さず構成な判断を下せ、なおかつ祖国の英雄だったオシムの言葉に、3つの民族の実力者たちは耳を傾けました。3つの民族はオシムへの協力を約束し、ついにはFIFAとの約束の期限までに、会長の1本化に成功したのです。ボスニア・ヘルツェゴビナの政府が、民族別の3人の実力者がそれぞれ代表を務め、運営されていることを考えると、本当に画期的な出来事でした。

当のオシムは、自分がやったことをどう思っていたのでしょうか。オシムは、「ボスニアにはこんな笑い話がある」と言って、こう語りました。

ボスニア人のムーヨという男が、観光中に有名な橋の上を通った。
橋の上は人でいっぱいで子供が橋から落ちてしまった。
ムーヨは飛び込んで子供を救った。
すぐに新聞記者がやってきた。
「英雄ですね。今の気持ちは?」
「当然のことをしたまでです。」
「英雄になって今後何をしたいですか?」
「俺を橋から突き落としたやつを探すよ。」

誰よりも難しい仕事にリスクを犯して取り組み、際立った成果を挙げても、決して誇らない。オシムは何も変わっていませんでした。むしろ、73歳になっても、自分にしか出来ない闘いを続けていました。番組を観ていて、終わりなき闘いに身をおく覚悟を決めた男の姿に、僕は凄みを感じました。

「生ける伝説」

今のイビツァ・オシムにこそ、そんな言葉が似合う気がします。

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