東日本大震災発生以降の2年間を振り返る

今日で東日本大震災が起きてから丸二年が経ちます。

震災が起きた時、僕は常駐先のオフィスの8Fのオープンスペースで、僕も含めて3人でMTGをしていました。
MTGもほぼ終わり、終了時間まで雑談してきた時、今まで感じたことがない揺れが襲いました。
3人ともテーブルの下に潜って揺れが収まった後、何が起きたのかわからない自分に、
「家族が無事か電話したほうがいいんじゃない?」と言われ、
我に返って家族に電話したのを今でもはっきりと思い出します。

震災後何が自分にできるのか。何をするべきなのか。
直感的に閃いたのは「身体を鍛えよう」。
電気も水も水道もガスも使えない状況になった時、
頼りになるのは自分の身体だけだ。直感的にそう感じました。

その日から、毎朝30分トレーニングをするようになりました。
最初は腹筋1回、背筋1回を1週間続けることから始めたトレーニングは、
現在は腹筋100回、背筋100回に回数が増え、
最近は四股踏みや体幹トレーニングもこなせるようになった結果、
猫背だった姿勢は、背筋がピンと伸びた姿勢に変わり、
仕事でも集中力が持続するようになりました。

2011年5月、夜行バスに乗って宮城県石巻市に行きました。
最初は子供も小さいので、現地に行くつもりはありませんでした。
しかし、何が起こったのかこの眼で確かめたくなり、
日帰りで現地に行けるボランティアツアーを探し、参加させて頂きました。
墓石に乗り上げた車、浸水した道路、道端に放置された漁船、
震災の傷跡に言葉を失いながら、
たどり着いたのは石巻港の近くにある養殖業を営む方の家。
かきの養殖に使う貝殻を、ヘドロから取り出す作業は、
レインスーツを着ながら作業したこともあり、サウナの中で作業しているような気持ちになりましたが、
作業が終わったときは、なんとも言えない達成感を覚えたことを思い出します。

昨年は妻が身重ということもあり、現地に行くことはできませんでしたが、
その代わりにというわけではありませんが、
親戚や友人への贈り物に、気仙沼の「斉吉商店」の「金のさんま」を贈らせて頂きました。
この2年間、自分なりに、震災の事を忘れないように心がけてきたつもりです。

妻は自分のお小遣いを使って、
セキュリテファンドというファンドから、
「たつみ食品」というわかめを作る業者を支援していました。
決して大きな金額ではありませんが、働いていない妻にとっては、大きな金額です。
セキュリテファンドの存在を知って、支援を決めるまで、
妻に全く迷いが見られませんでした。
この人は、すごい。改めてそう思った瞬間でした。

2年経った現在でも仮設住宅に住んでいる方がいること、
遅々として進まない復興支援など問題は山積みですが、
これからも、自分が出来る事を少しでもやっていこうと思います。
そのためには、震災の事を「忘れないこと」が大切だと思っています。
今すぐにできることはなくても、
忘れなければ、思い出した時に何かができるはすだと信じています。

西水美恵子さんという方のFacebookのカバー写真には、
微力だが、無力ではない。」という言葉が掲げられています。
僕自身この2年間はもっと何かできたはずだと思うのですが、
微力だが、無力ではない。」といえるだけの何かは、
やってきたと胸をはって言うことは出来るんじゃないかと思います。

被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げますとともに、
引き続き間断なき復興を心よりお祈り申し上げております。

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