小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道。書評「大坊珈琲店」

1975年7月1日。夏の暑い日にひとつの珈琲店が青山に誕生しました。その名は大坊珈琲店。十坪ちょっとの広さの小さな珈琲店は、コーヒー好きや、著名人が集まる、知る人ぞ知る名店でした。そんな、大坊珈琲店は2013年12月にビルの取り壊しによって、惜しまれつつ38年の歴史に幕を閉じました。

閉店時、店主の大坊勝次さんは、感謝の気持ちを込めて、店主がまとめた「大坊珈琲店のマニュアル」、珈琲店の写真、そして、永六輔、糸井重里、十文字美信などの寄稿者による寄稿文の3部で構成された私家本を作りました。それが、本書「大坊珈琲店」です。

38年間守り続けてきた志

大坊珈琲店がどんなお店だったのか。それは、店主が開店時に近所に配ったカードに書かれた文章にすべて書かれています。長いですが、全文紹介したいと思います。

性は大坊、名は勝次。
ちょっと変わった名前ですが本名です。
だいぼう、とお呼びください。
十年来の念願かなって、このたびささやかな
珈琲店を開かせていただくことになりました。
大坊珈琲店は地下鉄表参道駅のすぐ近く。
青山通り、南青山三丁目三昌堂さんの二階にあります。

大坊珈琲店は十坪とちょっとの広さです。
お客様お一人お一人に丹精込めた手作りの珈琲を・・・
と念願する私にとってこれが理想の広さです。
カウンターに十二人様、テーブルに八人様。
兵庫県多聞町小東山本多良介商店より取り寄せました家具は、
椅子が少々堅いのですが格別の坐り心地です。

ポール・デスモンドなど落ち着いたジャズを程々に音をしぼって流します。
日暮れより後にはウイスキーもお楽しみいただこうと存じます。
また書棚には旅の本などを豊富に取り揃えます。
とは申せ大坊珈琲店の取り柄といえば珈琲です。
豆選びから焙煎、ブレンドまで、私の修行の全てを一杯の珈琲にかけてまいります。
ですから、舌のこえたお客様にはどしどし手厳しご注文、
ご教示を賜りますよう、心からお願い申し上げます。

大坊珈琲店は年中無休です。毎日、朝十時から夜十時まで、
お待ちしております。

どうぞこれから末永く可愛がっていただけますよう重ねてお願い申し上げます。
大坊勝次拝七月一日開店

店主が大坊珈琲店を開店したのは、28歳の時。それから38年間、大坊珈琲店はこのカードに書かれた事を、ずっと守り続けてきたそうです。

毎日朝十時から夜十時まで、お客様お一人お一人に丹精込めた手作りの珈琲を飲んでもらうために、毎日きちんと準備をし、身体の手入れを怠らず、やるべきことをやる。しかも、大坊珈琲店は、お盆と正月以外は年中無休です。

38年間続けるということは、どういうことなのか。その重みが、本書の装丁からも、活版印刷で書かれた店主の文章からも、伝わってきます。そして、それはお店に来店したお客様にも確実に伝わっていました。その事が、寄稿文から強く伝わってきました。

小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道

本書を読み終えて、イチローのこんな言葉を思い出しました。


小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています。

先日、Brutusの特集「松浦弥太郎の「男の一流品カタログ」」を読んだ時にも感じたのですが、とんでもないところに行くことに、近道などないのだと思います。丹念に、毎日少しづつ自分をアップデートし、嬉しい事も、悲しいことも、自分の力に変えていく。コツコツとただひとつの道を歩み続けた結果たどり着いたのが、大坊珈琲店なのだと思います。

一流とはなにか。一冊の珈琲店の本が、その事を年月の重みと併せて、読者に教えてくれます。

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