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書評「おいしい資本主義」(近藤 康太郎)-自分1人が生きていくための米を、自分で作って気がついたこと-

   

おいしい資本主義

近年、新聞や雑誌で食べてきたライターやカメラマンは、「仕事が激減し食っていけない」のだそうです。Webのメディアを運営している会社に、出版社から転職する編集者も増えています。しかし、「食べていく」プレッシャーを受けているのは、ライター、カメラマン、編集者といった職種に限りません。「食っていく」というプレッシャーを受けて、日々の生活をおくっている人は、少くないと思います。僕もそんな1人です。

そんな現状に抗うかのように、1人の新聞記者が面白い試みを始めました。地方に配属されたことをきっかけに、自分1人が生活していくためだけの米作りを、耕作されていない農地をつかって行う。農夫になる時間は、毎朝1時間。他の時間は本業の新聞社としての仕事をして暮らす。田んぼにはポルシェを横付けし、農作業の格好は派手なアロハシャツ。どこかロックテイストただようそんな生活を、著者は「オルタナ農夫」と名づけました。

本書「おいしい資本主義」は、自分1人のために米を作るという取組を考え、実際に実行していくなかで、生きていくこと、資本主義との距離、そして「好きなことをして生きていく」ための方法について、著者の考えを紹介している書籍です。都会育ちの著者にとって、米作りは初体験の連続。七転八倒しながら、米作りをしていく姿は、コミカルで面白く、地方で暮らしていくことについて語られている他の書籍とは少し違っています。

安易な田舎賛美や農村礼賛ではない

本書が面白いところは、安易な田舎賛美や農村礼賛ではないことです。農村のいいところは、小さなコミュニティがあって、そのコミュニティによって、地域の人々が支えられています。一方、あいつがどこで何を買ったとか、何をしたとか、著者のようにポルシェに乗ってる奴は誰だとか、「ムラ社会」という言葉がありますが、コミュニティに帰属しているという意識を示さないと、生活していけない社会でもあります。この考え方が強まると、誰か違うことをやったり、考えたりすることは許されない。そんな社会でもあるのです。地方から都市に出てくる人は、この部分に対する嫌悪感を持っている人がいるのではないのかと思うのです。

地方が疲弊している事は事実のようです。商店街はどこもシャッター通り、耕作されていない農地や空き地がたくさん存在しています。しかし、著者は「自分個人で考えると、面白い」というのです。著者は、米作りを行った経験から、今年は狩猟免許を取ってマタギに挑戦したり、空き家を探してタダで住んだり、魚を採ったり、「衣食住」のうち「食住」の分野は、出来るかぎり自分でカバーしようと考えているのだそうです。そうすれば、食えなくなること、住めなくなることがなくなることの恐怖から解放され、自分がやりたい「書くこと」に専念出来るというのです。

「なるべくお金はつかうな」

著者の米作りの師匠は、本書の中で著者に、「なるべくお金はつかうな」と口酸っぱく語っています。お金をつかって全てを解決しよう、お金がなければ生活出来ない、お金がなければ食っていけない。都市で生活しているとそう考えがちです。しかし、農村ではお金をつかうことなく、あるものでなんとかすることが求められます。そんな生活をしていくなかで、著者は、お金をつかわなくても、都市で消耗しなくても、好きなことをして食べていく手段はあるのだと気づきます。そして、そんな著者の生き方を読みながら、読者は自分自身の生き方について考えさせられるはずです。

もしかしたら、地方は消耗しきっているかもしれません。しかし、消耗しきっているからこそ、都市でこれから消耗していくのとは、違う生き方が出来るのではないのかと。

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