書評「サッカーと愛国」(清 義明)

2014年3月8日、埼玉スタジアムで開催された浦和レッズ対サガン鳥栖戦において、浦和レッズのサポーターが応援するスタンドの入口に「JAPANESE ONLY」という差別的横断幕が掲げらました。Jリーグはこれに対して厳しく臨み、Jリーグ初の無観客試合という制裁を下しました。

そして、2014年8月23日、ニッパツ三ツ沢球技場にて開催された横浜F・マリノス対川崎フロンターレの試合において、川崎フロンターレのレナトを映す映像に、バナナを振るサポーターの姿が映し出されました。バナナはヨーロッパでは、ブラジルやアフリカ系選手に対する差別を現すモチーフとして用いられており、横浜F・マリノスはこのサポーターの行為に対して、無期限の入場禁止処分を下しました。

日本では起こらないと言われていたこれらの問題はなぜ起こったのか。そして、そもそもサッカーとナショナリズムはどのような関係性をもっているのか。現代の社会で起こっていることは、スタジアムにどのような影響を及ぼしているのか。本書「サッカーと愛国」は、以前横浜F・マリノスのコールリーダーを務め、現在はフリーライターでもある著者が、サッカーとナショナリズムについて、日本とアジアとヨーロッパの現在を丁寧に取材し、まとめ上げた1冊です。

サッカーにおける人種差別はなぜ起こるか

僕はサッカーにおける人種差別は、主に2つの要因から起こっていると考えています。

1点目は、「無知」です。例えば、横浜F・マリノスのサポーターがバナナを振ったのは、川崎フロンターレがバナナをプロモーションに使うので、その事を揶揄しているとも捉えられます。しかし、2014年4月28日のFCバルセロナ対ビジャレアルの試合で、CKの際にバルセロナDFダニエウ・アウヴェス(当時)に向けて観客から投げ込まれたバナナを食べるというニュースが世界的に話題になりました。この行為に反応した世界中の選手が、人種差別に反対するというメッセージを込めて、バナナを食べる映像をSNSで公開したり、公衆の場でバナナを食べるといった行為を行い、大きな反響を呼びました。

本書によると、処分を受けた横浜F・マリノスのサポーターは、悪意があったというよりは、川崎フロンターレを揶揄するために用いたようです。当時から横浜F・マリノスにはブラジル人選手もいました。しかし、世間はそうは捉えませんでした。そして、スタジアムの雰囲気は、良識や常識とは異なる選択をさせてしまう力があります。雰囲気に流されないで正しい選択をするのは、簡単ではありません。

2点目は、「現状に対する不満」です。スタジアムに熱心に足を運ぶサポーターは、決して高所得層ばかりではありません。チケットの値段は年々高くなりますが、サポーターはなけなしの金をはたいて、チームを全力でサポートします。そこには、チームへの愛もありますが、一方で他のチームへの敵意をむき出しにすることで、日頃の辛い状況に対する不満を和らげようという考えもみうけられます。

ヨーロッパの場合はユーロ統合に伴い、ドイツ、フランスなどには他国からの移民が多く流入しました。移民の流入により仕事を奪われたと考える人は、たくさんいます。移民の多くは南米やアフリカ系移民だったり、東欧や南欧からの移民です。あいつらのせいで仕事がなくなった、あいつらのせいでお金がない。こうした不満も、人種差別行為を助長する動きへとつながっています。余談ですが、アメリカのトランプ大統領の就任は、こうした現状に不満を持っている人たちの力が結集した結果でした。UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)は事ある毎に人種差別行為への反対を宣言していますが、なかなか行為自体はなくなりません。それは、ヨーロッパの社会問題として、移民や民族間の対立が残っているからです。

移民や民族に対する不満は、日本にもあります。在日朝鮮人への不満、韓国や中国といった隣国の行動への不満、こうした不満を持つ人々は存在します。そして、不満を持つ人はサッカーのサポーターの中にも存在します。スタジアムなら普段言えないメッセージも言える。そう考えてしまった人が起こした行動が、「JAPANESE ONLY」という横断幕でした。2014年に浦和レッズに入団した李忠成への不満を表したとも言われています。

スタジアムで起こることは、僕らが生きる社会でも起こっている

本書は、サッカーというスポーツで起こっている愛国主義、人種差別といったナショナリズムに対して、出来る限り中立な立場で、綿密な取材に基いて、きちんと事実を伝えている貴重な1冊です。そして、著者によって、感情的ではなく、淡々と紡がれる文章からは、著者が秘めているサッカーへの希望と可能性を信じる想いが感じられます。

無知であることが、罪になる事もあります。自分は関係ないと思っても、突如犯罪者のような扱いを受ける事もあります。サッカーが好きな人、スポーツが好きな人は、ぜひ呼んで欲しい1冊です。なぜなら、本書を読むことは、僕らが生きる社会がどんなものであるか、深く理解する助けになるからです。

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