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資生堂名誉会長が教えてくれる、美しく生きる知恵。書評「ぼくの複線人生」(福原義春)

   

「ぼくの複線人生」は資生堂名誉会長・福原義春氏の自伝的回想録です。

創業者の孫に生まれ、無意識のうちに創業者の理念を受け継いだ幼少時から大学生、一社員そして経営者の各時代、著者は何を考え、どのように生きてきたのか。社会の中で企業は、人はどうあるべきなのか。仕事も趣味も無我夢中で打ち込んで来た「複線人生」から学んだことを伝える、エスプリ溢れる次世代へのメッセージが書かれた1冊です。

「懐疑の世代」

本書の冒頭に、著者はこんなことを語っています。

思えば昭和という時代は、正に不連続であった。
日英同盟で友邦であった英国はある日鬼畜米英と云われて敵となり、
そのうちに米国は突如食料の神様になった。
消費は美徳と云われたと思うと突然のように消費は反社会行為と見なされ、
かつてのマーケティング優良企業は浪費を唆すと批判された。
後には手許の現金を金融資産に投資しないのは経営者として失格だとされたが、
それで成功した筈の会社は一転して忽ち多額の不良資産を抱えるようになった。

だからぼくの世代の原体験は、
今起きていることがすぐに次の時代には全く逆になることを教えてくれた。
今日の新聞の大見出しは、二十年後には通用しないのだ。
昭和ヒト桁生まれが「懐疑の世代」と云われる所以だ。

昭和ヒト桁の人は、多かれ少なかれこういう考えを持っているようです。

僕の親戚に、三菱商事の役員を務めていた人がいるのですが、最近法事でお会いした時に昔の話になった時、「戦争が終わった後に、学校に行ったら、今まで使っていた教科書に真っ黒に墨がぬられていたのが、強烈な印象として残っている」と語ってらしたのを、この部分を読んで思い出しました。

なぜ、この文章を紹介したかというと、ここに日本の経済成長を支えた経営者の強さの源がある気がしたのです。今起きていることがすぐに次の時代には全く逆になる。だからこそ、本当に自分がやるべきことは何か。ホンダや松下電器やソニーといった会社の経営者たちも、その事を考え続けてきたからこそ、世界に名前を知られる大企業へと成長したのではないのでしょうか。

謙虚な姿勢と人間的な魅力

著者は、資生堂の経営改革を手がけた経営者としてだけでなく、洋蘭の栽培や写真などの趣味を持ち、蘭の花の写真集などを出版するなど、文化人としても知られています。先日亡くなられた堤清二さんも「辻井喬」というペンネームで小説を出版されていたりといった具合に、昭和の経営者は仕事だけでなく、人間としての素養を磨くことにも注力されていたような気がします。

資生堂創業者の孫に生まれ、祖父が興した会社で働く。こうした環境に恵まれて育った人材は往々にして、人間としての魅力に欠ける人物であることがあります。しかし、本書を通して伝わってくるのは、著者の謙虚な姿勢と人間としての魅力です。

本書の中には、著者の愛読書として「史記」が紹介されています。「史記」から著者が学んだこととして、例外なく優れた皇帝の下で国が興り、何代かのうちに暗愚か放蕩の皇帝が出る。政治は官僚たちに牛耳られ、人民は疲弊する。一方で、良いと思われた治世が人民の安逸を招き国が亡びることがある、と語っています。

本書には、著者の読書好きがわかるエピソードが数多く紹介されていますが、古典や読書を通じて、生きる知恵を学んだことが、著者の人間としての魅力を高めていったのではないか。読み終えて、そんな気がしました。

自伝的回想録でありながら、驕り高ぶったところがなく、自分の業績をひけらかさない珍しい1冊です。
しかし、読んで損はありません。
読み終えた時、知らず知らずのうちに伸びていた天狗の鼻を、ポキっと折られたような気持ちになる。
そんな1冊です。

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