天才の育て方-井口資仁はどのように育てられたのか-

いつの世にも、どんな分野にも「天才」と称される人がいます。自分たちの価値観、あるいは想像から外れた人の事を「天才」とよぶのであれば、そんな「天才」はどのようにしてうまれるのか。その事を解き明かそうと試みたのが、吉井妙子さんの著書「天才は親が作る」です。

「天才は親が作る」には、10人のアスリートの親たちのインタビューが収められていますが、そこには数多くの共通点があったといいます。親たちは特殊な才能ではなく、どこにでもいる平凡な親ですが、子供に対する愛情のかけ方や接し方がちょっとだけ違ったというのです。

そこで、「天才は親が作る」で取り上げられているアスリートのエピソードから、親たちは「天才」と呼ばれる人物をどのように育てたのか紹介します。今回は井口資仁のエピソードです。

知的刺激に富む家庭

才能ある子どもを育てる家庭には、六つの特徴があるのだそうです。

  1. 才能ある子どもは一家の「特別な子供」である。
  2. 知的刺激に富む家庭である。
  3. 子供中心の家庭である。子供に才能の兆しが見えると、親は子供がごく幼いうちから、その分野の教育を受けさせることに文字通り全力をあげる。
  4. 意欲的な親である。親自身が努力や勤勉の手本も示すし、要求水準も高く、また業績に対する期待も高い。ただし親が過剰に介入し、無理強いをしすぎたり、子供自身より子供の成績のほうを愛するような時は。子供は落伍する危険性がある。
  5. 親は子の後押しに熱心であると同時に、子供の自主性もそれ相応に尊重する
  6. 子供に高い期待をかけ、後押しするだけでなく、子供の精神的支えとなり。子供を慈しんで支える家庭である。

井口家は特に、「知的刺激に富む家庭」の象徴的な例です。学生時代にバレーボール部に所属していた父親は、社会人になってからも、土日はバレーボールと野球に熱中。学生時代はやり投げの選手だった母親は、結婚後はソフトボールをしており、夫婦そろって土日は家にいたことがないというほどのスポーツ好きで、この生活スタイルは、子供が生まれてからも変わらなかったそうです。

両親とコミュニケーションをとるためのスポーツ

父親はバレーや野球の試合会場に連れて行き、母親はソフトボールをする姿を見せました。すると、井口は物心つかないうちから運動の動作を真似るようになり、バレーの練習に連れて行った後などは、家に帰ってから風船をぴょんぴょん跳ねながら触っていたそうです。

共働きあったこともあり、生後4ヶ月から保育所に入れたのですが、とにかくじっとしているのが嫌いな上に、すばしっこく、お昼寝の時間にもベッドの上で動き回るため、柵にぶつかってしまうのですが、そのたびにベッドの柵に怒って泣くので、しばらくうつ伏せに寝かしつけられていたそうです。

3歳から水泳教室に通わせ、ほかにも野球、サッカー、バレーボールと興味を持つものは何でもやらせたそうです。子供時代にこれといって好きな競技が特定できない場合は、水泳か陸上をやらせるのがいいと言われているそうです。どちらも全身運動なので神経系のネットワークがまだ未成熟なうちに、動きというものを身体で覚えさせていけば、10歳過ぎてからある競技に特化しても、応用が利くからです。

この年令の子供にとってのスポーツは、兄弟や父、母、あるいは友達とのコミュニケーション手段です。つまり、その遊びが楽しいかどうか、です。競技自体の面白さ、奥深さ、あるいは難しさに目覚めるのは、まだまだずっと先のことです。

天才児はパズル好き

ちなみに、天才児の特徴に、パズル好きというものがあるそうです。パズルは、より高度な課題に向かって自分を押し上げていく過程で集中力が磨かれ、「フロー状態」という心地よい領域を知ることができるそうです。井口も例外ではなく、パズルを出来上がっては崩し、出来上がっては壊し、一日中夢中でやっていたそうです。

また、パズルで飽きたらなくなると、身の回りの時計やラジオ、あるいは機会ものを分解し、組み立てるということに興味が移ったそうで、野球のグローブの紐も全部はずして、自分でやり直したりしていたそうです。

仲の良い兄弟

井口は兄に比べると運動神経がよかったそうですが、だからといって、「プロ野球選手にしよう」などとはまるで思わなかったそうです。ただ、運動神経がいいのであれば、そちらを伸ばしてやるのもいいかな、という軽い気持ちだったといいます。逆に兄は、勉強が得意。父親は、この息子たちがみせた適性を、どこかの時点で是正しようとせず、伸ばそうとしたそうです。

兄は、中学まで野球をしていたが、ヒジを手術して野球を諦めたことも手伝い、非凡な才能をみせる弟が自慢で、一方の井口も、勉強の出来る兄を尊敬し、喧嘩もほとんどしたことがないそうです。大学に特待生で入学した兄は、井口が小学生の頃から高校に入学するまで、弟の家庭教師を務めました。

また、どちらもおしゃべりで、夕食時は今日あったことを、我先に報告してくるので、男の子は思春期になると親と喋らなくなるといいますが、井口家ではそんな時期はなかったそうです。何でも話してくれるので、井口家が発信元になり、他の父兄が自分の子供のことを知るのもしばしばだったそうです。

両親それぞれの時間を使って子供をサポート

両親は、野球に夢中になった井口をお互いの時間をうまく使いながら、サポートしていきました。土日は父親が練習や試合に付き合い、平日はパート仕事から戻った母が担当。小学校から帰るとリトルリーグの練習に向かい、帰宅してからランニング、そしてティーバッティングに付き合うのが日課だったそうです。ティーバッティングで使用するのは、硬球。時にうち損ないのボールが母親に当たったにもかかわらず。このティーバッティングをやめようと思ったことはないそうです。

なお、井口のポジションはキャッチャー。肩の強さを買ってキャッチャーにしたのではなく、息子はただ単に目立ちたいからキャッチャーを希望したのだといいます。防具も自分専用のものが欲しいと言い出し、他の選手より多い荷物も嬉しそうに持ち歩いていたそうです。

遊びは楽しくやるのが基本

井口家では、感情的な怒り方はしなかったが、しつけには厳しかったそうです。マナー違反をした時は、時として正座をさせたそうですが、一番効き目があったのは、野球を持ち出すことだったそうです。「もう二度と野球をさせない」言うと、素直に言うことを聞いてくれたそうです。

井口の両親は、子どもに対する親の過剰な期待を何度も目撃しました。親のほうが熱心で、子供が楽しそうではない。そんな声にあっけに取られたこともあるそうです。

親に怒られれば、野球が楽しくなくなる。
プロなんて言葉を聞いたら子供はプレッシャーに感じる。
チームに入れていると言ったって、たかが遊び。
遊びは楽しくやるのが基本だと思うんですけどね。

野球に明け暮れた井口は、家庭教師をやってくれた兄の特訓もあり、高校は國學院大學付属久我山に入学します。ティーバッティングはあたっても痛くないシャトル打ちに切り替えたそうですが、練習は午後10時から。住宅の密集地に「スコン」「スコン」という音がしたにもかかわらず、苦情は一度ももらわなかったそうです。井口が野球をやっていることを知っていた近所の人達の協力があって、できた練習だと言えます。

時間やお金を自分たちの夢に対してつかった

井口の両親は、井口が野球選手として成長できたのは、親の教育より環境に恵まれたおかげだと断言します。次男だったこともあり、一番身近な遊び相手は兄や兄の友達。必然的に兄と同じ動作が求められ、その差を埋めることが当たり前になっていきました。そうすると同じ学年とスポーツをすると突出してしまう。そんな優越感が、モチベーションにもなったのです。実は、天才児のほとんどは末っ子であることが多いそうです。家族や兄弟の寵愛を受けやすいからだ、というのがその理由なんだとか。

井口の両親がしみじみと語っています。

子供と一緒に楽しみました。
いや、私達が楽しませてもらったというほうが正しいかもしれない。
時間やお金も費やしましたけど、
結局、自分たちの夢に対して使ったのだと思います。
あの子に使ったのではなく

両親が楽しんだことが、結果的に子供の才能を伸ばしたのです。

井口資仁の育て方から学べること

  • 才能ある子どもは一家の「特別な子供」である。
  • 子供にとってのスポーツは、兄弟や父、母、あるいは友達とのコミュニケーション手段
  • 両親はお互いの時間をつかって子どもたちをサポートする
  • 遊びは楽しくやるのが基本
  • 子供と一緒に親も楽しむ

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