天才の育て方-松坂大輔はどのように育てられたのか-

2014/01/05

いつの世にも、どんな分野にも「天才」と称される人がいます。自分たちの価値観、あるいは想像から外れた人の事を「天才」とよぶのであれば、そんな「天才」はどのようにしてうまれるのか。その事を解き明かそうと試みたのが、吉井妙子さんの著書「天才は親が作る」です。

「天才は親が作る」には、10人のアスリートの親たちのインタビューが収められていますが、そこには数多くの共通点があったといいます。親たちは特殊な才能ではなく、どこにでもいる平凡な親ですが、子供に対する愛情のかけ方や接し方がちょっとだけ違ったというのです。

そこで、「天才は親が作る」で取り上げられているアスリートのエピソードから、親たちは「天才」と呼ばれる人物をどのように育てたのか紹介します。今回は松坂大輔のエピソードです。

トップアスリートが育つ「外的要因」と「内的要因」

トップアスリートはが育つ要因は、「外的要因」と「内的要因」に分類されます。外的要因は生まれてからの環境のことで、内的要因は親から受け継いだ遺伝のことを指します。背の低い親から大きい子が生まれる確立は低く、そんな子供にバスケットやバレーをやらせても、いずれ大きな壁につきあたることになりますし、持久系のスポーツに優れた子供に、瞬発系の運動をさせても、あまり効果は得られません。

そういう「内的要因」という観点からいうと、松坂は父方の祖父が手榴弾投げの記録をもっているなど、地肩の強い家系に生まれたという点で、ピッチャーとして大成できる要因があったと、言えなくもありません。

松坂は東京都の江東区に生まれ、父親は運送会社の運転手、母親は会社の事務員をしていたそうです。大都会で育った子供は、遊ぶ環境に恵まれていないためアスリートとして頭角を現すのは難しいと聞いたことがあるのですが、松坂の場合、江東区という下町的な地域社会と、両親の子育てが結果的に功を奏したのです。

万能型天才児の特徴

松坂は4310gと新生児の平均より1kg以上思い巨大児で、ハイハイしている頃から動きはすばしっこく、興味のあるものを見つけては移動し、どの行動も母子手帳に書かれている成長の目安より早かったといいます。毎日の遊び場は、近所の公園か砂場で、ちょっと目を離していると、すぐに一緒に遊んでいる子を泣かしてしまう子供だったそうです。しかし、叩いたり引っ張ったりするのではなく、新しいおもちゃや珍しいモノを見つけると、「貸して」と取り上げたというのです。

アメリカの教育研究家でボストン・カレッジ心理学科教授のエレン・ウィナーは、万能型天才児の特徴を以下のように語っています。

  • 優れた注意力と認知記憶:子供のときから周囲の物事に目ざとく気付き、自分の世話をしてくれる人を生後4ヶ月から7ヶ月までに認知する。
  • 目新しものが好き:見慣れたものには退屈し、新しいものを見ると喜ぶ赤ん坊は、2歳の頃から高い知能指数を示す。
  • 身体的発達が速い:知能指数が高く、学問に才能を示す子供は、赤ん坊時代に身体的発達が早いことが多い。座る、這う、歩くなどが標準より数ヶ月早い。
  • 言葉の発達が早い:言葉を話し始めるのが早く、しばしば一語文から一足飛びに複雑な長文に発達する
  • 反応がオーバー:欲求不満、痛み、騒音などに極端に強い反応を示す

松坂の行動は、ここで挙げられた万能型天才児の特徴を現しています。しかし、万能型天才児の特徴として挙げられた内容は、実はどの子供にも当てはまるものだ。だからこそ、子供の可能性は平等に存在し、子供の置かれた環境でどうにも変わってしまうという危険性も併せもっているというわけです。

運動能力の伸ばし方

人間の運動能力は、生まれてから3〜4歳までに、どんな動きをしたかでほとんど決まってしまうと言われています。また、運動能力を上げるには、中枢神経から末梢神経が密接に残っている足の裏の機能を発達させると良いと言われています。幼い頃に足の裏から刺激を受けると、脳のニューロンやシナプスの形成に大きな役割を果たすからです。

大都市圏の子供からトップアスリートが生まれにくいのは、幼児時代に手や足の裏を刺激する環境が少ないからです。家は広いと言えず、畳の部屋も少なく、庭も柱もないという都市圏の住宅事情は、運動能力の発達からすると、マイナス要因ともいえるのです。

松坂の実家も典型的な都市の住宅でしたが、このマイナス要因を、両親は出来るだけ子供を外にだすことでクリアしました。さらに、3歳から松坂が通った保育園は裸足教育を推進している保育園だったので、足の神経が発達する環境を確保することが出来たのです。

子育ては夫婦で

松坂家の子育ての特徴は、子育てを夫婦でやっていたことです。松坂の父親は早番勤務を希望し、毎日午後3時半には家にいられるようにし、保育園には夫婦交代で迎えに行き、帰宅後は父と子は暗くなるまで外で遊んだそうです。家に戻ると夕ごはんの時間までは、絵本を読んだり紙芝居を読んだりしたそうです。夕ごはんは、いつも家族一緒。この風景は、松坂が横浜高校に入学するまで続いたそうです。こうした、親子の濃厚な時間の積み重ねが、松坂を育てていったのです。

松坂が小学校3年生に野球を始めてからは野球の練習の時間が増えていったのですが、父と子の夕方の遊びは、必ずしも野球ばかりではなかったそうです。子供の自主性を重んじて、子供がリクエストしたものに付き合うという方式をとっていたそうです。

松坂の父親は、地域のチームの指導者も務めるようになります。松坂の父親が野球をツールにして息子に教えたかったのは、野球のテクニックよりしつけや人生訓だそうです。松坂の父親は、「嘘はつくな」「友達を大事にしろ」「人前で泣くな」という生きる上での姿勢を、繰り返し伝えたそうです。父親の教えを守った松坂は、今もリトルリーグ、シニアリーグ、高校時代の野球仲間を大切にし、友人も多く、自動車免許がなかった時代は、友人が毎日交代で自宅から練習場まで送り迎えをしてくれた、なんてエピソードもあるそうです。

「知識」より「インテリジェンス」

松坂の両親は、松坂を育てるにあたってこんなことを考えていたそうです。

微分積分が出来たって幸せになるとは限らない。
それ以上に、スポーツを通じて人間の素養さえしっかり身に付ければ、
今の日本社会で生活出来ないということはないじゃないでか。
親は先に立って引っ張るのではなく、後ろから後押ししてやればいいんです。
(中略)
大輔は横浜高校も西武ライオンズも、結局僕達には一言も相談すること無く、自分で決めてきました。

日本社会では、「頭がよい」という表現は、「勉強が出来る」というのと同義語で使われていますが、厳密にいうなら「知識(ノーレッジ)」と「知能(インテリジェンス)」は違います。究極に追い込まれた時に正しい判断、決断ができるかどうか、探究心、好奇心、苦難を乗り越える精神、他人を見抜く力など、人生の知恵はインテリジェンスに負う所が多いです。極論を言うと、日本人は現在この「インテリジェンス」で解決しなければならない問題が解決できず、苦しんでいるんじゃないのでしょうか。

一流アスリートと言われる人達は、ある場面に立たされた時、何が自分にとって最良の方法なのかを瞬時に判断出来ます。裏を返せば、インテリジェンスが高いというわけです。そのインテリジェンスを磨くのは、子供時代の環境が大きく左右します。

子供の幸せが親の幸せ

松坂の両親は、松坂がプロ野球選手になったのが、人生の至福なのだそうです。しかしそれは、息子の夢が達成された喜びなのだといいます。松坂の実家のリビングには、家族の写真が写真立てに飾られ、幼児のころから現在まで100枚ほどならんでいるそうです。そのことからも、松坂家が楽しい家庭だったことがわかります。

松坂大輔の子育てから学べること

  • トップアスリートはが育つ要因は、「外的要因」と「内的要因」に分類される。
  • 人間の運動能力は、3〜4歳までに決まる。運動能力を上げるには、中枢神経から末梢神経が密接に残っている足の裏の機能を発達させると良い。
  • 子育ては夫婦一緒に。平日から子供と触れ合う時間を作る。食事も出来れば家族一緒に。
  • 親がスポーツを通じて教えるのは、技術ではなく「しつけ」と「姿勢」
  • 子供が身につけるべきは「知識」ではなく「インテリジェンス」

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