天才の育て方-里谷多英はどのように育てられたのか-

2014/04/22

いつの世にも、どんな分野にも「天才」と称される人がいます。自分たちの価値観、あるいは想像から外れた人の事を「天才」とよぶのであれば、そんな「天才」はどのようにしてうまれるのか。その事を解き明かそうと試みたのが、吉井妙子さんの著書「天才は親が作る」です。

「天才は親が作る」には、10人のアスリートの親たちのインタビューが収められていますが、そこには数多くの共通点があったといいます。親たちは特殊な才能ではなく、どこにでもいる平凡な親ですが、子供に対する愛情のかけ方や接し方がちょっとだけ違ったというのです。

そこで、「天才は親が作る」で取り上げられているアスリートのエピソードから、親たちは「天才」と呼ばれる人物をどのように育てたのか紹介します。今回はスキーモーグルで、冬季五輪では日本人女性初の2大会連続メダリストになった里谷多英のエピソードです。

競争は、本気にならなきゃいけない

長野五輪の優勝インタビューで里谷は五輪という晴れ舞台を見ることをなく他界した父について、「父と一緒に滑りました」と語り、「お父さんがいなかったらメダルは獲れなかった。お父さんて凄い」とまずは、父への感謝を口にしました。

4年後のソルトレイク五輪では、「長野五輪の金はお父さんに獲らせてもらったもの。今回はたとえ銅メダルであっても、自分の力で獲れたんだからめちゃくちゃ嬉しい」と語りました。里谷の言葉から、父の影響がいかに絶大だったことがよくわかりますし、徐々に独立し、自分の手で道を切り開いたかも窺えます。

里谷は父親について、「もう、めちゃくちゃこ恐かった。でも、むせ返るほど愛されていました」と語っています。里谷の父親はとにかく子煩悩で、遊びも家族揃ってというのが基本だったそうです。夏はキャンプや海、冬はスキー場に通い、里谷が初めてスキー靴を履いたのは3歳の時。里谷はすぐに滑るコツを掴み、こぶ斜面も楽しそうに滑っていたそうです。

里谷は運動神経がよく、運動会や体育大会でどの競技でも優勝し、里谷の父親は勉強で一番になることは期待しなかったが、こと運動に関してはうるさかったそうです。里谷が運動会の徒競走で手を抜き、2位になったときは、家に帰ると烈火のごとく怒ったそうです。この出来事から、里谷は「競争は、本気にならなきゃいけないんだ」ということを覚えたそうです。

天才の親たちは、継続のさせ方が上手いです。いつの日かトップアスリートとして活躍させようという意識からではなく、子供と濃い時間を過ごしてきたため、わずかな変化も見逃さず、ターニングポイントを抑え、的確な行動が取れます。里谷の父親も同様です。

会社を大きくしても、家族と過ごす時間が減ったら本末転倒

里谷は本格的にスキーに目覚めると、与えられた課題をクリアし、それを見ると父親が喜ぶことがモチベーションになり、益々スキーに打ち込むようになります。父親も娘とスキーをして、一緒にトレーニングすることの方が、仕事より楽しくなってしまったそうです。

会社を経営していたにも関わらず、里谷の父親は、毎日3時半から4時には家に戻り。子どもたちとスキー場に出かけます。里谷の母親が「会社も大事にして」と言うと、父親はこんな台詞を返されたそうです。

家族がご飯が食べられて、みんなで遊ぶお金を稼げれば、
それ以上仕事をする必要はない。
会社を大きくしても、蓄えが出来たとしても、
そのために家族と過ごす時間が減ってしまったら本末転倒じゃないか。
3時に帰っても、お前たちを食べさせるだけの仕事はしているんだから、文句は言うな。

子供と一緒に自分も汗をかく

里谷の父親は、里谷の技術が向上するに伴い、スキーの指導書を買いあさり、ビデオを探し歩き、テクニック論を頭に叩き込み、ビデオでフォームのイメージを作っては、自分で試してから娘に教えていたそうです。夏場のトレーニングも、一緒にマウンテンバイクを漕いでいたのだといいます。

スキーやスケートをやっている子どもたちが、
夏場に自転車トレーニングをするのを見かけるのですが、
他の父兄は、自転車を漕ぐ子供を車の中から「頑張れ、頑張れ」と檄を飛ばしている。
(中略)
あれじゃあ、子供はついてこないし本気にもならない。
親が一緒に汗をかかないとだめなんだ。

親も子供とトレーニングするときは、同じように楽しむ。こうすることで、親の負担をプレッシャーと感じることなしに、競技を楽しみながらのびのびとスキルアップ出来た、というわけです。

道具は良い物を使う

里谷は小学生の頃から、お年玉はスキー用品に注ぎ込みました。その使い方で、子供の興味や嗜好がわかりますが、里谷は迷うこと無く、リフトの年間チケットやウェア、板などに注ぎ込んだそうです。親戚が多く、お小遣いは10万円単位で貯まっていったそうですが、スキーの道具はその金額でまかなえるものではありません。里谷の父親は、娘のスキーの道具には糸目もつけず、最新のぴったりしたものを購入していたそうです。

いい道具を与えれば、意識も高まります。さらには、仲間たちに対して優越感も生まれます。また、裕福な家庭でなければ、親がどんな思いをして高い道具を買ってくれているのか、子供心にも伝わっていたのだと思います。

息抜きは母親の役目

週に1〜2度通うスポーツジムは、里谷にとって唯一の息抜きの場所でした。ジムにはトレーナーがいるので、父親は同行しなかったそうです。里谷は母親と漫画喫茶や喫茶店で、ケーキを食べながら時間を潰していたそうです。里谷の母親の「オリンピックを目指すと言っても、どっかで息抜きをしておかないと長続きしない」という配慮からでした。

不良より、父親のほうが恐い

里谷の中学時代は校内暴力が顕在化している時だったそうです。一度、買い食いは禁止という校則を破り、下校時にパンと牛乳を食べたというたわいもないことでしたが、里谷の父親は激しく反応します。

お前が不良になったら、お前を殺して、仲間たちも殺してやる

里谷は「そんな言葉を言われたら、絶対に不要にはなれない。不良より、父親のほうが恐い」と語っています。

長野五輪の半年前、里谷の父親は肝臓がんのため他界しました。半年後の長野五輪の金メダルを「お父さんに獲らせてもらったもの」と語るもの、当然だと思います。里谷の歩みは、日本女子モーグル界の歩みであり、父と子の濃厚な歴史の時間でもあります。

僕も娘を持つ父親として、こんなステキな父親になれたらいいなと思います。

里谷多英の育て方から学べること

  • 天才を育てた親たちは、継続の仕方がうまい。
  • 子供と濃厚な時間をすごすことで、初めて的確なアドバイスが出来る。
  • 子供に何かをさせたければ、まずは自分が汗をかく。
  • 道具はよいものを使わせる。良い物を使わせることで、道具を大切にする心や親の思いを感じ取ってくれる。
  • 子育てにもたまには息抜きが必要。

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