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「一銭五厘」の真実。書評「花森安治の青春」(馬場マコト)

   

「暮しの手帖」という雑誌をご存知でしょうか。このブログでも度々紹介しておりますが、戦後間もない1946年に創刊し、ファッション、料理、医療/健康関連の記事を掲載しています。「雑誌の全ての部分を自分たちの目の届くところに置いておきたい」という理念から、広告は外部からの広告は一切掲載していません。

「暮しの手帖」を作ったのが、花森安治と大橋鎭子の2人です。特に「暮しの手帖」の編集方針には、花森安治の考え方が強く反映されています。なぜ、戦後間もない1946年に「暮しの手帖」が創刊されたのか。なぜ、「暮しの手帖」は外部からの広告を一切掲載しないのか。そこには、花森安治の女性に対する想いと、戦争に対する拭い切れない想いがあったからです。

本書、「花森安治の青春」は、昭和を代表する思想家と言われた花森安治の半生を振り返り、彼の思想の謎を探った1冊です。そして本書は、著者の前作「戦争と広告」の続編にあたります。

女性は太陽である

花森安治は、1911年神戸に生まれます。父はハイカラな気質でしたが、根っからの遊び人。花森やすぐ下の妹を宝塚歌劇や、映画鑑賞に連れ出すことがあったそうです。そんな、父のしわ寄せは、すべて母にのしかかります。いつも働き詰めで苦労のしっぱなし。しかし、父は景気が悪くなると、母の働いた金を平然と拝借して遊びに行ってしまう。景気が良ければ良いで、何日も遊んで帰ってきませんでした。

花森の女性観に大きな影響を与えたのは、少年時代に読んだ「青鞜」という雑誌でした。「青鞜」とは明治時代に女性によって発刊された文芸誌で、「青鞜」の中心人物が平塚らいてうでした。花森は、平塚らいてうが書いた随筆「新しい女」に衝撃を覚えます。

自分は新しい女である。
少くとも新しい女でありたいと日々に願い、日々に努めている。
真に、しかも永遠に新しいのは太陽である。
自分は太陽である。
少くとも太陽でありたいと日々に願い、日々に努めている。

この文章を読んで花森が思い出したのは、父のせいで苦労している母の姿でした。父に連れられて行った映画や宝塚で学んだクリエイティブな感覚、苦労して花森を育てた母の姿が、のちの花森安治に大きな影響を与えました。

編集者と戦争

花森は、旧制高校時代に校友会雑誌の編集に参加。編集者としての第一歩を踏み出します。帝国大学に進学後、帝大新聞の編集に参加。卒業後は、パピリオ化粧品に就職し、広告デザインを手がけます。しかし、時代が花森に化粧品の広告デザインを手がけ続けることを許しませんでした。

花森に、一銭五厘のはがきの赤紙、召集令状が届きます。満州に派遣された花森は、軍隊での生活を通じて変わっていく自分をこう表現しています。

ぼくという人間が、ぼくの青春がめちゃくちゃに踏みにじられていく

その後、病を患った花森は、帰国。大政翼賛会で戦争広告を作る仕事に従事し、編集者としての才能を発揮します。しかし、戦場でつらい思いをしたにもかかわらず、花森は本書を読む限り抵抗なく、大政翼賛会の仕事に従事しているような印象を受けます。そんな花森の姿には、時代に逆らうことが出来なかった人間の悲しさが感じられました。

一銭五厘の旗

終戦後、花森は戦時中自身がやってきたことを償うかのように、庶民の暮らしを伝える雑誌「暮しの手帖」を、大橋鎭子と創刊します。女性の気持ちを理解するために、髪を伸ばし、スカートを履いた花森は、1970年に「見よぼくら一銭五厘の旗」という随筆で、以下のように書いています。

貴様らの代りは、一銭五厘で来るぞ、と どなられながら
一銭五厘は戦場をくたくたになって歩いた へとへとになって眠った
一銭五厘は 死んだ
一銭五厘は けがをした 片わになった
一銭五厘を別の名で言ってみようか
<庶民>
ぼくらだ 君らだ

この文章は、花森が一銭五厘で招集される立場の人間であったら、素晴らしい文章として賞賛されるのかもしれない。しかし、花森は大政翼賛会の活動に従事し、「一銭五厘で招集する」立場でもあったのだ。戦後、花森は大政翼賛会時代の事について、ほとんど語っていません。本書でも、なぜ大政翼賛会の仕事に従事したのか。その点については、あまり言及されていません。誘われるがままに、やっただけ。そんな感じなのです。

だから、本書は大政翼賛会時代のことを語らずに、「暮しの手帖」を手がけ続けた花森の姿勢に疑問を投げかけています。「一銭五厘の中に、あなた自身は入っているのですか」と。

ただ、本書で描かれているのは、1人の編集者が、戦争に翻弄されながら、自分の生きる道を探し、もがきながら、必死で生きようとする姿です。人の人生を狂わせる戦争の恐ろしさ、「戦争と広告」の関係、そして豊かな生活とは何か。改めて考えさせられる1冊です。

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