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今こそ、日本サッカーには李国秀が必要だ。書評「Lee’s Words―ヴェルディ総監督730日の戦い」(李国秀)

   

ワールドカップ期間中、この記事を読んで、改めて本書を読み直してみました。

日本の攻撃は、勢いだけ。あまりに“かみ合わせ”が悪い。
お互いの意思疎通が感じられない。
選手たちがなぜ、イライラしないのか。不思議で仕方ない。
日本はサッカーの本質が分かっていない。
(中略)
サッカーは、いつ、どこで、なぜ、そこでボールを受けるのか。
いつ、どこに、なぜ、そこにボールを出すのか――を、考え抜いて行う競技。
コロンビアの選手は、それが身にしみているから、
じっくり守ったうえでの、ボールをきっちり回しての速攻を次々と決めた。

日本はサッカーの本質が分かっていない…李国秀

サッカーファンの中には、李国秀さんの事を知らない人もいるのかもしれません。李さんが桐蔭学園を率いていたのが、もう25年以上前、東京ヴェルディの総監督を務めていたのが10年以上前ですから、仕方がないことなのかもしれません。

当時のサッカーファンにとって、ボールを蹴って走るサッカーが主流の高校サッカーで、ボールをつないで意図を持って相手を崩すサッカーを実践する桐蔭学園のサッカーは、衝撃的でした。また、試合に勝っても淡々としていて、大人びた態度をとる選手にも、サッカーと同じくらい衝撃を与えました。

ブラジルワールドカップで日本代表がグループリーグで敗退し、改めて「日本のサッカーとは」という事を考えるとき、サッカーの本質が分かっている指導者、李国秀の考えを読み解いてみよう。そう思ったのです。

本書「Lee’s Words―ヴェルディ総監督730日の戦い」は、李さんが東京ヴェルディの監督として戦った2年間を、自身の言葉で振り返った1冊です。出版された当時に何度も読みなおしたなぁと、今回読みながら改めて感じました。

「いつ足を出すの」「いい持ち方」「いい立ち方」

李さんのサッカーに対する考え方は、シンプルです。しかし、用いる言葉は独特です。

例えば、李さんは攻撃については、こんな考えを持っていました。

まず「いつ足を出すの」。
いい足の出し方をするには、いい立ち方が必要だ。
いいボールの持ち方を出来ることが、次のプレーにつながり、
次のプレーがドリブルなのかパスなのか、
それを成功させる上で、いい持ち方が大事なんだ。

つまり「いい持ち方」と「いい立ち方」を全選手が取り組んでくれ、
というところから始まったのが、このチーム(当時のヴェルディ)だった。
それが出来る事を「言語の統一」と言った。
全員ができることによって、
次に「グループとしての関連性」が生まれてくるんだ。

最近だと、川崎フロンターレの風間監督が、サッカーで重要なのは個人戦術で、個人戦術が高まらないとチームとしての戦術も成り立たないと語っていました。川崎フロンターレがJリーグでも結果を残すことで、この考えは少しづつ受け入れられつつあると思うのですが、「4-4-2」「4-3-3」といったフォーメーションを考えたり、チームとしての戦術を先に考える当時のサッカー観からすると、李さんの考えは異端でした。

アプローチとコントローラー

次にディフェンスです。

ディフェンス面で、アプローチとコントローラーの関係を徹底させた。
まずは相手ボールに近い人をアプローチ、
後方にいる人をコントローラーと決めた

コントローラーの指示でパスコースを限定しつつ、
相手がボールを止めたら間合いを一気に寄せる。
次にアプローチのボールへの寄り方、距離感によって、
コントローラーがどのポジションを取るかをトレーニングの中で、
繰り返し繰り返し徹底させた。

上手くて、賢くて、強くて、社会性がある

さらに変わっていたのは、選手の評価基準です。

選手に対しては、評価基準も明確にしなければならない。
私の仕事は方向性を打ち出すことと同時に、そこから離脱するものを見逃さないということだ。
上手くて、賢くて、強くて、社会性がある。
この四つを基本とし、☓△○という言い方で自分の位置を知らしめ、
選手の今の位置を測りながら、次の目標設定をした。
目標とするエレガントなチーム、エレガントなプレー、
ひとりひとりが良いプレーをしなければ到達しない。

上手くて、賢くて、強くて、までは分かりますが、社会性があるという評価ポイントは、すごく興味深い点だと思います。サッカー選手として、社会にどう貢献できるのか。スポンサーなどサポートしてくれる人々の前で、どのような振る舞いが出来るのか。それが、サッカーにもつながる。社会性は、フィリップ・トルシエが日本代表監督を率いていた時に重視していたことで話題になりましたが、当時日本で活動している指導者は、全く考えてもいなかった評価基準でした。改めて、李さんの先見性が分かります。

サッカーを両手で扱う

今回、改めて読み返して感じたのは、李さんのサッカーを大切にする気持ちです。

本書の中には、「サッカーを両手で扱う」という言葉が何度も出てきます。サッカーを片手で、文字通り片手間にするのではなく、両手で大切に扱う。この言葉は、李さんがサッカーをどれだけ大切にしてきたか、どれだけ重要なものとして扱ってきたか、よく分かる言葉です。僕はこの言葉が好きです。

李さんが東京ヴェルディの総監督を辞めて、10年以上が経ちます。李さんが第一線で活躍できないのは、Jリーグの監督を務めるのに必要なS級ライセンスを持っていないからです。しかし、これだけの明確な考え方を持っていて、サッカーを大切に扱い、人に伝えることが出来る指導者が、第一線で活躍できないのは、日本サッカーにとって大きな損失だと思うのです。

また、李さんがJリーグのチームを率いる姿がみたい。
そんな事を考えさせられた1冊でした。もう一度、東京ヴェルディなんてどうでしょう。

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