東京も地方の1つ。書評「いま、地方で生きるということ」(西村佳哲)

首都圏に住み、東京にある企業で働く僕のような人間にとって、地方で生活するということは、どこか非現実的な話しだったりします。ただ、東日本大震災以降、友人が地方に引っ越すようになったこともあり、満員電車に乗っていると、つい満員電車のない(と思われる)地方で暮らしてみたいなどと考えることがあります。

ただ、僕のように地方で住んだことがなく、都会の便利さに慣れきっている人間にとって、知り合いもいないのに地方に住むのは、リスクが高いと思うのです。

岡山にあるパン屋「タルマーリー」店主、渡邉格さんは、田舎で暮らすことについて、こう語っています。

「田舎」は、ユルい場所でもなければ、のんびり暮らすための場所でもない。
もちろん都会から逃げ込むための場所でもない。
(略)
技術もなにもない、なにもできない人間がノコノコやってきたところで、「田舎」のためにはならない。
力がなければ「田舎」で生きていくこともできないし、「田舎」に活力をとりもどさせることもとうていできるはずがないのだ。
(『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』165-166ページ)

この言葉を読んで思い出したのが、本書「いま、地方で生きるということ」です。本書は、「自分の仕事をつくる」という本の著者が、東日本大震災以降に東北と九州で暮らす人々を取材し、人々の声を記録した1冊です。以前読んだ本なのですが、もう一度読み返してみたいと思って、手に取りました。

身近で具体的なものに、エネルギーと時間をつかう人が増えてきている

本書で一番印象に残ったのは、著者のこんな言葉です。

「これからは地方の時代」といった言葉をよく耳にしてきたけど、
僕は全然ピンとこないんですよ。
(中略)
僕に見えているのは、
“身近で具体的なものに、エネルギーと時間をつかう人が増えてきている”
ということです。

「身近で具体的なものに、エネルギーと時間をつかう人が増えてきている」。この言葉を読んで、ランニングをする人が増えたり、食事に気を使う人が増えてきていることを思い出しました。自分の感覚に合う場所を作ったり、感覚で理解できる範囲で行動する。こういう人が、より実態をある生活をもとめて、東京を離れるのかもしれない。そんな事を読んでいて感じました。

今までの日本は、極論を言えば「日本とその他の都市」という感じでした。都会に出たい人は、東京に出る。京都でも大阪でもなくて、東京に出る。それだけ、東京という都市のもつ力が大きかったのだと思います。

しかし、東京という都市も、少しづつ日本という国のいち都市になってきているのだと思います。あとがきのミシマ社の三島邦弘さんの言葉を借りるなら、「東日本大震災以降、東京もある意味地方ぽくなった」ということなのかもしれません。

自分が生涯を通じてかかわる場所をまず決めなさい

本書には、「地方に住むべきだ」とか「地方で暮らすメリット」といった言葉は、全く出てきません。地方で生きることの現実が、厳しいことも含めて、ありのまま書かれています。だからこそ、東京に暮らす著者の視点でまとめられた地方の生きる人々の姿は、自分が見ても同じように見えるんじゃないか。そんなことを考えました。

本書のまえがきには、ある建築家が語ったこんな言葉が掲載されています。

「どんな建築をつくるか?という前に、
どこで生きてゆくのか。
自分が生涯を通じてかかわる場所をまず決めなさい。」

安易な結論や解決方法を提示してくれる本ではありませんが、
読み終えるとずっしりと重い何かが残る1冊です。

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