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書評「長嶋茂雄 最後の日。 1974.10.14」(鷲田康)

   

僕の父親は、「団塊の世代」と呼ばれる世代に属する。父親にとって、そして長嶋茂雄さんは特別な存在だ。長嶋さんがジャイアンツの監督をやっていたとき、4番打者ばかり獲得したり、素人目には分からない采配をしても、「ミスター(長嶋茂雄さんの愛称)だからしょうがない!」とよくなげやり気味に語っていたのを覚えています。そして、父親と同じように、「ミスターだからしょうがない!」「さすがミスター!」と、長嶋さんの事を支持する男性は数多くいます。

長嶋さんは、戦後のプロ野球の隆盛を選手・監督として支え続けてきました。立教大学でスター選手となり、4打席4三振の鮮烈なプロデビュー。天覧試合でのサヨナラホームラン、巨人のV9に大きく貢献しただけでなく、引退後も監督として、プロ野球を盛り上げ続けました。

長嶋さんといえば、引退セレモニーで語ったこの言葉が有名です。


「我が巨人軍は永久に不滅です」

引退セレモニーで語ったこの言葉は、長い年月が経っても、多くの人の記憶に残り、語り継がれています。しかし、引退セレモニーで語ったこの言葉は、当時の新聞では意外にもほとんど話題にならなかったそうです。それは、あまり知られていない、長嶋茂雄がとった、引退セレモニー当日でのある行動が理由でした。

長嶋茂雄は引退までの1年、どんな葛藤をかかえていたのか。引退セレモニーはどのように企画され、実行されたのか。そして、長嶋茂雄が「どうしても」と懇願し、サプライズで行われたある行動とは何か。本書「長嶋茂雄 最後の日。 1974.10.14」(鷲田康)は、長嶋茂雄さんの引退までの1年と引退セレモニーを、当時の記録と、細やかな取材とともに振り返った1冊です。

これほどファンの事を考えた人はいない

本書を読んでいて驚いたのは、当時の新聞で、ほとんど「我が巨人軍は永久に不滅です」と語った、引退セレモニーの件はほとんど紹介されていない、ということです。もちろん、戦後の日本を象徴するスーパースターの引退である。引退自体を取り上げない新聞はない。では、当時の新聞は引退セレモニーの何を紹介したのか。

新聞が取り上げたのは、引退セレモニーの予定にはなかった、長嶋茂雄がとったある行動だった。引退セレモニー当日はダブルヘッダーで試合が組まれていた。第一試合が終わり、二試合目が始まるまでの間、試合を待ってた観客は、突然の出来事に狂喜乱舞する。引退する長嶋茂雄が突然グラウンドに現れたのだ。観客に手を振り、ゆっくりとグラウンドを一周する。その姿に、観客、記者も心を奪われました。今では当たり前の行動だが、それまでそんな事をしたプロ野球選手はいなかったからです。

このグラウンド一周は、長嶋さんたっての希望で実現しました。引退セレモニーを行うにあたって、長嶋さんの希望は、「グラウンドを一周して、ファンに挨拶をすること」でした。しかし、警備の問題などを考え、運営担当者は承諾しませんでした。当時の日本は、今ほど治安がよかったわけではありません。野球場に集まる人も、荒くれ者が多かった時代です。しかし、長嶋さんは「どうしても」と懇願し、運営側も長嶋さんの熱意に折れ、実現したのがこのグラウンド一周でした。それは、スーパースターが観客の元に下りてきた瞬間でもありました。そして、長嶋さんはグラウンドを一周する間、感極まってハンカチで顔をおさえます。その写真が、翌日の新聞の一面をかざりました。

なぜ、長嶋さんがグラウンドを一周し、ファンに直接挨拶し、メッセージを伝えることにこだわったのか。それは、長嶋さんが「ファンのために」野球をやっていたからです。どんな時も全力でプレーし、ミスすらも楽しませる。監督になってからも、「ファンのために」という姿勢は貫かれていました。そうでなければ、清原、落合といった4番打者ばかりを獲得するような選手補強はしないでしょう。

本書を読み返して感じたのは、これほど「ファンのために」と考えて、プレーし、監督する人が、今プロスポーツに関わっている人で、どのくらいいるでしょうか。ファンに楽しんでもらうためなら、自分は悪者になっても構わない。ファンのことより、自分の地位、お金、勝敗といった、目先のことばかりにこだわっている選手、監督ばかりが増え、選手や監督を支えているファンのことを見ている人は、わずかしかいないような気がします。

本書を読んで学べる事は、単に歴史の1ページを振り返ることが出来るだけではありません。ファンのために、選手、スタッフが出来ることは何か。スポーツをより楽しむために必要な事が学べる本だと思います。ぜひ読んでみてください。

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