書評「永谷脩の仕事 プロ野球ベストセレクション 珠玉の53篇」(永谷脩)

2017/11/10

僕はブログの記事で、「力の落ちたベテランの扱いは難しい」という言葉を何回か使った事があります。

よい時の自分のイメージにこだわり、プレースタイルを変える事が出来ず、力が落ちている事に気づかず、成績が残せていないにもかかわらず、給料が高く、プライドも高い。どんな組織にも当てはまる原則を語っていたのは、東尾修さんです。そして、東尾さんの言葉を記事にしていたのが、スポーツライターの永谷脩さんです。

紹介する「永谷脩の仕事 プロ野球ベストセレクション 珠玉の53篇」には、2014年6月12日に68歳でお亡くなりになられた永谷さんのNumberで書いた記事のなかから、選りすぐりの記事53本が、1冊の本として収められています。

一癖も二癖もある人ばかりを取り上げたライター

永谷さんは主にプロ野球に関する記事を書いていたのですが、とりあげていた選手や監督は、一癖も二癖もある選手ばかりでした。江川卓、江夏豊、山田久志、王貞治、権藤博、東尾修、清原和博など、話を聞き出すことすら簡単ではない人たちとの信頼を築き、言葉を引き出し、文章にまとめる。永谷さんの文章を読んでいると、選手が横にいて、話しかけているような気がしたことが何度もありました。

江夏豊:勝つために自分の仕事をきちんとするのがチームワークよ。そのために自分を管理できんヤツには規則は必要かもしれないけど、仕事が出来るヤツには規則はいらんはずや。それを何でもかんでも一緒にするからややこしくなる。
(江夏豊「ワシはボロボロになるまで投げたかった」より)

落合博満:俺、人と滅多に外に飲みにいかないだろ。3億円ももらっているんだから、もっと若い連中を連れていかなければおかしいなんて言われる。でも人の金で飲めば人と合わせなければならない。若い連中だって、俺と一緒だったら気を使うし、自分のペースになれないだろ。俺達の商売は自分が主導権を握っていかなければ負けなんだ。いつも自分を有利な立場においておかなければいけない。もちろん、普段の生活からそうなんだよ。
(落合博満「俺流の美学」より)

いい時も、悪い時も、常に側にいる

永谷さんは、たぶん、選手の言葉が欲しいときだけ側にいるような関係ではなかったのだと思います。いい時も、悪い時も、常に側にいる。むしろ、悪い時ほど側にいて、助けてあげる。そんな人だったからこそ、選手は他の記者には話さない事を話していたのだと思います。

山田久志:極めつけはですね、私がドラゴンズの監督を解任されたときに、実はまっさきに名古屋に来てくれまして。そして何と私を九州一周の旅に連れ出してくれました。旅先でどんちゃん騒ぎをしてわいわいやったのですが、振り返ってみればあの騒いだ金、誰が払ったのかなと。私は全く払った記憶がないんですけれども、あのときおそらく永谷さんが全部面倒をみてくれたんじゃないかなと思っています。
(Number Web「野球人に最も愛されたスポーツライター、永谷脩が球界に遺した足跡。」より)

持ち続けていたライターとしてのプライド

永谷さんは、権藤博に対して、自分が書く文章について、こんな事を語っていたそうです。

権藤博:「私の文章は100円使い捨てライターで、嘘で固めた80行、隣に座って50行、くしゃみしたついでに30行。権藤さん、嘘は書けないでしょうけど、嘘っていうのはね、その中に本当があるんですよ」
(Number Web「野球人に最も愛されたスポーツライター、永谷脩が球界に遺した足跡。」より)

自分の文章を「100円使い捨てライター」と語りながらも、ライターとしてのプライドを強く持ち続けた人でもありました。フリーランスのプライド、ライターとしてのプライド、そんな永谷さんのプライドは、文章から伝わってきました。奥様の洋子さんには、こんな事を語っていたそうです。


「俺はスポーツジャーナリストではない。スポーツライターだ」

残念だったのはイチローの記事が収められていないこと

本書を読んでいて、1つだけ残念だった事があります。それは、ある選手に関する記事が1つも収められていなかったからです。ある選手とは、イチローです。

イチローと永谷さんは、オリックス時代から他の記者より密接な関係を築き、イチローのインタビューは永谷さんでなければ読めない。そんな時期が長く続きました。Numberで実現した、イチローと三浦知良とのインタビューの司会を務めたのも、永谷さんです。

しかし、永谷さんとイチローとの蜜月は突然終わりを告げます。文藝春秋に掲載されたイチローの手記について、イチローが「自分が言ってもいない発言が勝手に掲載されている」と訴えたのです。構成を手掛けたのは、永谷さんでした。この事件の後、永谷さんがイチローをインタビューすることはありませんでした。過去のイチローのインタビューには、凄く読み応えがあるものがたくさんありました。それが本書で読みないのは残念ではありません。

ただ、本書の監修を務めた石田雄太さんが、現在にわたってイチローを追い続けているのは、もしかしたら、永谷さんの意志をついでいるのではないか。本書を読んでいると、そんな深読みをしてしまいます。

選手や監督ととことん付き合い、言葉を引き出す。スポーツは人がやるから面白いのに、人の言葉を引き出し、文章をつむいでくれるライターが少なくなったと感じるのは、とても残念です。だからこそ、多くの人に本書を手にとって頂き、じっくりと読んで欲しい。そんな1冊です。

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