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これからの社会と生き方について。書評「中身化する社会」(菅付雅信)

      2013/08/20

中身化する社会

「東京の編集」「はじめての編集」といった「編集」をテーマにした著書を発表してきた菅付雅信さんの新刊は、「はじめての編集」に書かれているテーマを元に、時代背景を踏まえて、現代社会がどのような状況にあるのかを記した1冊です。

膨大な情報を編集することで編み出された書籍

本書の構成には大きな特徴があります。本書には、著者が選び抜いた数多くの事例が紹介されています。紹介されている情報は、著者の頭の中にある”編集基準”で選ばれているいるのですが、脈絡なく選ばれているように見える様々な情報が、読み進めていくうちに最終的にあるテーマに結びついているとわかるのは、まるで推理小説の犯人がわかったかのような快感をおぼえるとともに、著者の編集者としてのスキルが感じられます。

リーマン・ショックと東日本大震災がもたらしたライフスタイルの変化

本書で定義されている「中身化する社会」とは、「単に「快適」を示すものではなく、衣食住すべてにおいて、「本質的だからこそ心地が良い」ことを求めている社会」と言い変えられると思うのだが、なぜこのような社会へと変化したのだろうか。僕は2つの出来事が大きな影響を与えていると、改めて感じました。

1つ目は、2008年に起きた「リーマン・ショック」です。リーマン・ショックによって、欧米の人々は、「お金とは何か」を改めて考えたのではないのでしょうか。お金について考えた結果、人々は今までブランド物の洋服や高級車など、お金で手に入れてきた物質的な幸福感ではなく、心から感じられる幸福感を求めるようになったのではないのでしょうか。

2つ目は、東日本大震災です。震災が起こったことで、少なくとも僕自身は考え方が変わりましたし、自分自身に何が出来るのかを以前に比べて考えるようになりました。僕のように震災がきっかけで考え方が変わった人の中には、「リーマン・ショック」によってライフスタイルが変わった欧米の人々のような方もいたのではないのでしょうか。

「リーマン・ショック」や「東日本大震災」によって自ら信じてきたものや考え方が変わった人々が、本質的に心地よいものを求めるのは必然の流れだと思います。それが「中身化する社会」への変化の実態ではないのでしょうか。

「中身化する社会」どう生きるのか

では「中身化する社会」でどう生きるべきなのでしょうか。著者は「はじめての編集」という本でも語っていましたが、「人生の編集・人生の作品化」をすべきだと語っています。つまり、自分の人生を上手に編集し、楽しみながら人々に伝えられる人が、クリエイティブな人として「中身化する社会を楽しく生きていけるというのです。

僕は「ジタバタしながらも、真っ直ぐに生きる」しかない思っています。現代はソーシャルメディアが発達し、個人の人格やスキルだけでなく、企業などの団体までも可視化され、「ブラック企業」といったラベルをつけられる時代です。「中身化する社会」というのは響きはいいですが、自身の中身がシビアに様々な視点から問われる社会でもあります。

そんな社会でどう生きるべきかと言われれば、嘘をついたり、見た目を着飾っても簡単にバレてしまいますので、ありのママを見せながら、ジタバタしても真っ直ぐに生きるしかないのだと思います。「中身化する社会」では「どうやって綺麗に見せるか」より「どうやって生きるか」が問われる。頭ではわかっていたものの、改めてそんなことを考えさせられました。

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