「かぐや姫」とはどんな物語なのか。書評:熱風2013年12月号 特集「かぐや姫の物語」

2014/07/22

スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の小冊子を発行しているのですが、今月の特集は、「かぐや姫の物語」です。
「かぐや姫の物語」特集のラインナップは、以下の通りです。

ファンタジーの姿を借りて壮絶なまでの現実をつきつける(三浦しをん)
月と少女と竹(津島佑子)
説明できない不思議な違和感(吉高由里子)
3・11を体験した今、――同世代映画作家の、哲理(フィロソフィー)と冒険に、思いっきり、胸を打たれる。――高畑勲さんの途方もない夢、『かぐや姫の物語』を見て。・・・・・・(大林宣彦)
かぐや姫が教えてくれた、生きてることの手応え(こうの史代)
月の神話と竹(保立道久)
姫のこころは、この素晴らしい日本の景色のなかにある(原 恵一)
高畑監督は、音楽をとても大事にしてくれて、一緒につくることがこんなに楽しいのかというくらい、本当に貴重な経験でした(久石 譲)

この記事を書いている時点では、僕は「かぐや姫の物語」はまだ観ていません。したがって、読み終えた特集について、印象に残った点を紹介したいと思います。

画面のすべてにスキのない作品

最も印象に残ったのは、「クレヨンしんちゃん」シリーズの映画の監督を務めた、原恵一さんの記事です。原さんは「かぐや姫の物語」を観終わって、「見えている画面のすべてにスキがない」と感じたそうです。

「スキがない」とはどういうことかというと、自然描写ひとつとっても、画面に移ってる野山の草花とか、木々は、その季節に、どういう場所に、どういう植物が生えているのか、たぶん全部名前がわかって描いてるんだろうなと、原さんは書いています。

原さんによると、実写で日本の昔の物語をつくろうとすると、もはや外来種の草花が生えていない昔の日本の野山なんて存在していないので、時代考証などを徹底するのは非常に難しいのだといいます。漆のお椀を職人が作るシーンがあるそうですが、ストーリーの本筋にあまり関わりのない画面を作るために、どれだけ膨大な調べ物や調査がなされたかということを考えると、ちょっと気の遠くなるような気がしたといいます。

以前、西村佳哲さんの「なんのための仕事?」を読んだ時、「仕事とは海に浮かぶ島のようなもので、目に見える部分はほんの一部で、海の下で目に見えない土台の部分が、目に見える部分を支えている」という記述を読んだことがあるのですが、原さんの記事を読んだ時、僕はそんな事を思い出しました。

高畑さんから久石譲さんへの注文

他に印象に残ったのは、久石譲さんの記事です。久石さんは、高畑さんの注文の仕方について以下のように語っています。

“生きる喜び”と”運命”のテーマを書いて欲しい、という注文がありました。
(中略)
高畑さんは、生きる喜びの音楽を書いて欲しい、
だが、登場人物の気持ちを表現してはいけない、
状況につけてはいけない、
観客の気持ちを煽ってはいけない、
こんな禅問答のような指示を同時に出すんです。

久石さんは、こういう発想をするのは養老孟司さんや内田樹さんのような学者にはいるが、創作家にはいないというのです。では、なぜ高畑さんが創作家になれたのかというと、高畑さん自らの言葉を借りると、「僕は享楽主義者」だから、生みの苦しみも思考の苦しみも含めて楽しめるから、作れるのだろうというのです。

「かぐや姫の物語」の音楽は、非常に制約が多い中で作られていったのだそうです。主題歌は決まっている。劇中で使われる「わらべ歌」という高畑さん作曲の曲があり、重要な場面で使われている。そんななかで、音楽をまとめていった久石さんの苦労は、ぜひ記事を読んでいただきたいと思います。

今回の特集を読んで、必ず「かぐや姫の物語」を観に行こうと思いました。
映画を観てから、改めて今回の熱風を読み直してみたいと思います。そうすれば、自分自身今回読んだ時にへ得られなかった、新しい発見が得られる気がします。

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