言葉の変化が教えてくれる現代社会の変化。熱風2014年9月号 特集「日本語の無くなる日」

2014/10/03

スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の小冊子を発行しているのですが、今月の特集は、「日本語の無くなる日」です。

今回、熱風で取り上げられているのは自国語消滅の話ではありません。インターネットと経済のグローバル化により、日本語が大きく変化してしまうという話です。今回の特集では、外来語が増えたとう言い換えだけの問題ではなく、日本語の変化に伴い、日本人の思考そのものまでもが変わってしまうのかという点について考察したのが、今回の特集です。

「日本語の無くなる日」特集のラインナップは、以下のとおりです。

「日本語が無くなる」とは、どういうことか(藤原智美)
日本語の特殊性と今後。言語の消滅と文化の消滅(角田太作)
子育てとインターネット(家入明子)
文章でもなく、おしゃべりでもない、インターネットの「日本語」。(枡野浩一)
文語射程の短兵化傾向について(小田嶋 隆)

文章の「短文化」

現代の日本語で大きな変化として挙げられているのが、「短文化」です。今回の特集によると、「短文化」の傾向はもともとあったようなのですが、LINEやTwitterといったツールが一般的になったことが、短文化に拍車をかけており、長い文章が読まれなくなったというのです。

ネットに掲載されている文章も、1ページ800文字くらいの文字数の記事が多くなったという気がします。NAVERまとめのように、結論や必要な情報だけを端的に伝えてくれるサイトが好まれるようになったのも、「短文化」の傾向だと思います。

言語が形作る文化や民族のアイデンティティ

なぜ、言語の変化に敏感になるのか。それは、今回複数の方が指摘していますが、言語が文化や民族のアイデンティティを形作っている要素の1つであり、言語が変化することで、文化や民族のアイデンティティが変化、もしくは無くなってしまうということが、危惧されるからだと思います。

バルセロナでは、スペイン語と併せてカタルーニャ語が表記されています。2014年11月にカタルーニャ州の独立を問う住民投票が開催される予定ですが、独自の言語の存在は、独自の文化や民族のアイデンティティを形作っていることを示す、ひとつの例だと思います。

自分たちの居場所を言語に求める

個人的には、小田嶋隆さんも指摘されていましたが、鎌倉時代でも、江戸時代でも、多かれ少なかれ「日本語が乱れている」という感慨を抱いていたのではないか、と思っています。現代も使われているということは、言葉のある部分が時流を反映しながら、変化し続けてきているのは当然であり、現代の日本語は、そんな度重なる変化の上で成り立っているのだと、今回の特集を読んで改めて実感しました。

「短文化」が進んでいるのは、日本語だけではありません。独自の言語を尊重している地域としては、ウエールズ、スペインのバスク地方といった地域が挙げられます。世界は、急速にグローバル化という名のもと、ある一定の考え方にまとまろうとしている反面、どこかに自分たちの居場所というか、アイデンティティを求めている時代なのだと思います。そして、そのアイデンティティの1つが言語なのだと思います。

「短文化」も「独自言語の尊重」も、現代社会の流れを象徴している出来事なのだと思います。現代社会はどのように変化するのか。「言語」というキーワードから考えてみると分かりやすいかも。そんな事を考えさせられた特集です。

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