方丈記に学ぶ現代の生き方。熱風2014年10月号 特集「方丈記」

スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の小冊子を発行しているのですが、今月の特集は、「方丈記」です。「方丈記」はどんな作品だったのか、京都産業大学日本文化研究所を務め、「方丈記」について数多く著者を書いている小林一彦さんにインタビューしています。

「方丈記」は、鴨長明によって、いまから約800年前に書かれた日本を代表する文学のひとつです。僕も古文の教科書や、歴史の授業で存在は知っていましたが、どんな話しなのか詳しくは知らなかったので、今回の特集はとてもためになりました。

方丈記の時代と現代の共通点

特集の冒頭で、小林さんは、「方丈記はいわゆる普通の随筆ではない」と語っています。

「方丈記」は、「枕草子」「徒然草」と並ぶ3大随筆と称されます。しかし、「枕草子」「徒然草」は、思いつくまま、食べ物のことや人間関係、世の中の噂などを綴った作品ですが、「方丈記」は、あかない世のありようを説明するための世の不思議、つまり当時の平安京を襲った、天災や飢饉などの災犯について、まるでルポタージュのように書かれているそうです。

一人の個人でどうしようもない力、戦乱や天変地異といったものに接し、人間の力の及ばないようなところで世の中は動いていると痛感した時代が、鴨長明が生きた時代なのだと小林さんは語ります。鴨長明は、かつては支配者階級にいたのですが、時の流れに翻弄され、支配者階級から外れていきます。個人の力ではどうしようもない力によって、自分の人生が変わってしまうことを、身を持って痛感した人でもあります。それは、東日本大震災のような天災や、会社が突然なくなったりクビになったりして仕事がなくなる現代社会にも通づるところがある気がします。

定住しないという生き方は鎌倉時代にはあった

鴨長明は、支配者階級から外れたこともあり、生涯各地を転々とする生活をします。つまり、定住しないという生き方をした人なのです。小林さんは、「定住しないということは、イコール、リスクを負わない」ことだと語っています。

明日がどうなるかわからないという世の中であったり社会であったりした場合、定住してしまうということは、住むリスクも引き受けるということなのだというのです。都会の暮しは便利だけれども、もしひとたび火が出たらば類焼は免れない。そうかといえば、辺地に住んでいると、仕事場までの往復がつらい。盗賊の害も恐ろしい。だから、自分は定住しない。このように、鴨長明は語っています。

「もし、心にかなはぬ事あらば、やすくほかへ移さむがためなり」

ちなみに、小林さんは、マイホーム主義の時代のほうが短いと指摘しています。むしろ、コミュニティへの執着のほうが強く、あそこにいけば誰々さんがいて「おはよう」と言えば「おはよう」と返ってくるという、そういうコミュニティへの執着が、人を定住させるのではないかと語っていて、鴨長明は自分自身が没落した家の出身であるがゆえ、「不必要」だと思われているという認識故に、コミュニティを必要としなかったことが、定住を捨てる発想につながったのではないかというのです。

「定住しない」という生き方を薦める人がいますが、自分にとってコミュニティが必要かどうかは、「定住しない」という生き方をするかどうかの判断基準になるかもしれないと思いました。

スタジオジブリはなぜ「方丈記」を特集したのか

なぜ、スタジオジブリは「方丈記」を特集したのでしょうか。そこには、1冊の本の存在があります。その本は、「方丈記私記」。堀田善衛が書いたこの本は、宮﨑駿さんの愛読書です。東京大空襲を回想し、その記憶と「方丈記」を重ねあわせ、乱世を生き抜く人の姿を描いた1冊です。(僕はまだ読めていません)

小林さんは、「方丈記」はとくに人が個人の力ではどうしようもない困難に見舞われた時代により多く読み直されている、と語っています。そして、生きづらいこの社会の中で、満ち足りて生きていくための価値観が隠されているのではないかと。

今回の特集を読んで、「方丈記」読んでみたくなりました。未来の事を考えるために、歴史から学べることはたくさんありそうです。

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