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スタジオジブリ作品大ヒットの秘密(1)書評:熱風2015年9月号 特集「ジブリの大博覧会 東宝の歴代宣伝プロデューサーが大いに語る」

   

熱風9月号

スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の小冊子を発行しているのですが、今月の特集は、「ジブリの大博覧会 東宝の歴代宣伝プロデューサーが大いに語る」です。

2015年9月から開催する「ジブリの大博覧会」。この開催を機に、スタジオジブリの30年を、当時の各作品の東宝宣伝プロデューサーとの座談会を通じて、「宣伝」という切り口で振り返ってみようという企画です。この座談会を読んでいると、スタジオジブリの作品がどんな宣伝を行ってきたのか、そして担当者各人の作品に対する情熱と、たくさんの人がスタジオジブリの作品を支えてきたということがよく分かります。

この座談会で語られている内容は、非常にボリュームも多く、読み応えがある内容なので、3回に分けて紹介したいと思います。まずは、「となりのトトロ」「火垂るの墓」から「おもひでぽろぽろ」までです。

スタジオジブリの宣伝の原型

ちなみに、「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」は、元々宮崎さんが東映動画の出身だったこともあり、東映から配給されていました。しかし、「となりのトトロ」「火垂るの墓」を上映するとき、東映から「うちのカラーにはあわない」と言われて、断られてしまいます。そこで、「となりのトトロ」「火垂るの墓」は、東宝が配給することになったのです。

その後、「魔女の宅急便」は東映が配給しますが、「おもひでぽろぽろ」からは、東宝がずっと配給しています。それは、当時の徳間書店の社長である徳間康快が「なんで山形の農村の話がヒットするんだ?やっぱり東宝のおかげか」と言い出したのがきっかけなのが、当時の映画業界のどこかのんびりした状況を現しています。

「となりのトトロ」「火垂るの墓」の配給収入(興行収入から配給会社の取り分を引いた数字)は5億8800万円。観客動員数は80万人。これは、スタジオジブリの作品としては非常に低い数字です。しかし、スタジオジブリの宣伝の原型は、この2本の宣伝で形作られました。

大きかった糸井重里さんのコピーの役割

まずは、コピーライターに糸井重里さんを起用したことです。2作品をつなぐコピーとして、「忘れものを、届けにきました。」というコピーを製作します。作品をつなぐコピーを「ブリッジコピー」というのですが、ブリッジコピーを2本立ての作品にかけるというのは、あまりなかったそうです。そもそも、映画のコピーは宣伝プロダクションが作る時代。外部のコピーライターをコピーライターを起用すること自体が新鮮な時代でした。

そして、となりのトトロには「このへんないきものは、まだ日本にいるのです。たぶん。」。火垂るの墓には「4歳と14歳で、生きようと思った。」というコピーをつけます。当時の宣伝プロデューサーによると、糸井さんのコピーはお客さんに対して、宣伝する側にも作品のコンセプトを提示する。そんな役割を担っていたのだと語ります。

贅沢なスタジオジブリの宣伝体制

なお、スタジオジブリの宣伝パブリシティ(PR活動)は、メイジャーという会社が担っていました。東映系の会社だったので、「魔女の宅急便」から再びかかわることになります。しかし、メイジャーの担当者は糸井さんが作った「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」というコピーを見た瞬間、「こんなんで客が来るか!」と怒ったそうです。しかし、結果は大ヒット。引き続き糸井さんのコピーが使われていくようになります。

「となりのトトロ」と「火垂るの墓」は、PRが不足していたことが興行不振の要因と考えた鈴木さんは、メイジャーの力を借りたいと考え、配給は東宝がやるものの、PRはメイジャーが担当するという体制を構築します。東宝には「東宝アド」という広告代理店はありましたが、PR機能は持っていませんでした。これによって、PRはメイジャー、配給は東宝、コピーライターに糸井さん、そして製作委員会として日本テレビ、博報堂、電通のサポートがつくという、スタジオジブリならではの豪華な宣伝体制が整います。

宣伝体制が初めて効果を発揮した作品が、「おもひでぽろぽろ」でした。スタジオジブリのスタッフを社員化して初めての作品。失敗は許されません。これまで、作品の完成に重きをおいていた鈴木敏夫プロデューサーの仕事も、宣伝プロデューサーとしての作品が強まっていくのは、この頃からです。つまり、それまではスタジオジブリは、大して宣伝してなかったというわけです。

全国キャンペーンの実施がその後のヒットにつながる

「おもひでぽろぽろ」の時に、全国キャンペーンを実施します。全国のテレビ局とラジオ局を宮崎さんと高畑さんが回って、取材を受ける。ただ、スタジオジブリのキャンペーンは地味で、みなお酒も飲まないし、ご飯食べ終わったら、せいぜいパチンコやって、安いビジネスホテルに帰って寝る。これだけだったそうです。

しかし、この全国キャンペーンが後々大きな効果を発揮します。この全国キャンペーンによって、地方の興行主や映画館の館長などがスタジオジブリを支持するようになり、「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」といった爆発的な大ヒットへとつながっていくのです。続きは次回以降にあらためて紹介したいと思います。

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