人はなぜ物を作るのか。書評:熱風2013年3月号 特集「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」

2013/07/05

スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の文芸誌を発行しているのですが、今月の特集は「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」です。「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」とは、2010年にスミソニアン博物館で開催された、太平洋戦争中にアメリカ国内の強制収容所に収容された日系人が、収容所での生活を少しでも楽しむために、身の回りの道具を使って作り上げた、工芸品や絵画などの作品を展示した展覧会のことです。

この展覧会は開催後アメリカで大きな反響を呼びます。日本では、NHK「クローズアップ現代」で取り上げられて大きな反響を呼んだ後、昨年11月に東京藝術大学 大学美術館を皮切りに、全国5箇所での巡回展の開催が決定しています。

「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」特集のラインナップは、以下の通りです。

  • 自分を犠牲にしてくれた日系一世たちへの大きな感謝 (デルフィン・ヒラスナ)
  • 人間の持つ根源的な力 (国谷裕子)
  • ジミー・ミリキタニの絵 (マサ)
  • 物たちに塗り込められた記憶 (石内都)
  • 「尊厳の芸術展 The Art of Gaman」、日本での巡回展 (薩摩雅登)

“我慢の芸術”はどのようにして生まれたのか


太平洋戦争のさなか、およそ12万人の日系アメリカ人が、アメリカ各地の強制収容所に隔離されました。収容所は過酷な環境でしたが、人々はその中で廃材などの粗末な材料を集め、装飾品や日用品を作り出します。娯楽施設も道具もない収容所の中で、わりと早い時期から、美術や工作の得意な人が教える絵画教室やクラフト教室が始まったそうです。何日もかけて手作りの物が出来上がった時の喜びは、過酷な環境を耐えぬく支えになっていたのではないのでしょうか。

本書に掲載されている国谷裕子が書いた「人間の持つ根源的な力 」という記事によると、ももの種を素材とする指輪は、若い女性が思いを寄せる男性のために作ったのだそうです。収容所の生活であっても、恋は芽生えたでしょうし、賭け事を楽しむ人もいたでしょう。作品の中には、手描きの花札も残されています。

「尊厳の芸術展 The Art of Gaman」をアメリカで企画したデルフィン・ヒラスナは、彼らが制作した作品は、自らの境遇を「我慢」するための方法だったのだと思ったと言います。デルフィン・ヒラスナは、「我慢」という言葉をこう捉えています。

日本ではややマイナスの意味合いがあるのでしょうが、
米国の日系人にとって「ガマン」は辛抱強さ、
最悪の状況下でも尊厳を以て耐えることを意味します。

しかし、単に「我慢」するためのに物を作っただけで、素晴らしい作品が生まれるものでしょうか。収容所で生活していた人々が、みなモノづくりに長けた人々だったわけではありません。では、なぜこれほど素晴らしい作品が出来たのか。「物たちに塗り込められた記憶」という記事で、石内都さんは”あくまで想像”と断った上で、素晴らしい作品が生まれた理由を以下のように語っています。

何かに打ち込むというのは、時間を忘れるということですから。
だから、たった一人ではなく、
いろいろな人の意見を聴きながら作ったんじゃないかと思います。

道具や素材は乏しくても、人間には創意工夫をする力がある。
おかしいよとか、こうしたほうがいいんじゃないか、
とかいろいろな意見のもとで出来上がったのが、これらの作品だと思うんです。
(中略)
こういう物を作り出すことが出来た背景には、
そんな個的な力を最大限に引き出し、集団の力を生み出すような”何か”が、
収容所にあったんだと思います。
でないと、ものづくりなんてできないですよね。

なぜ”我慢の芸術品”が残っていたのか


本書では、ジミー・ミキリタニという日系人の画家が登場します。ミキリタニは少年時代に日本の大家に日本画を学び、日本アートの素晴らしさを世界にしらしめるという熱い思いをいだいて渡米します。しかし、彼が渡米したタイミングで真珠湾攻撃が起こり、日本人の血が流れているという理由だけで、収容所に入れられてしまいます。収容所から出た後、ミキリタニは様々なところを転々とし、ついにはホームレスとなってしまいます。しかし、それでも彼は絵を書き続けました。

そんな彼の絵と数奇な人生は「ミキリタニの猫」というタイトルで映画化されます。2006年に公開後、数々の賞を獲得したこの作品を機に、ミキリタニの絵は高い評価を受けるようになります。

ミキリタニは彼の絵に興味を持って声をかけてきた人に対して、猫の絵の下から強制収容所の絵を取り出して掲げ、「これが歴史だ!」と語っていたそうです。日系人の強制収容は、長い間語られなかった米国史の暗部とも言える事実です。そんな事実が忘れ去られないように、ミキリタニはアートを通じて戦争の悲惨さを、自らが収容された絵を通じて訴えます。絵を書くのは、それが自分のメッセージを伝えるメディアだからです。

「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」で展示されている作品は、おおっぴらに人に披露される事はなかったと言います。作品を目につくところに置いておくということは、嫌な思い出を思い出させることもあるでしょうから、当然かもしれません。しかし、いくつかの作品は、部屋の片隅に大切に保管されていたことを発見され、展覧会で展示されることになります。

「物たちに塗り込められた記憶」という記事で石内都さんも語っていますが、作品を保管していた人々は「大切に取ってあれば、誰かがどこかで発見してくれるかもしれない」「この作品を観た人は、わかってくれる」という想いを持っていたのではないのでしょうか。本書にも書かれていますが、ミキリタニが絵を書き続けた理由も同じです。作品を通じて、自分たちの胸の内を伝えたかったのではないかと思います。

ジブリが「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」を取り上げた理由

読みながらずっと疑問だったのですが、スタジオジブリはなぜ、「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」を取り上げたのでしょうか。編集後記によると「「熱風」で取り上げてみては」と提案したのは、高畑勲監督だそうです。博学の高畑勲監督らしい提案ですが、なぜ高畑勲監督は、「熱風」で取り上げることを提案したのでしょうか。

僕なりの考えを書くと、困難な環境に身を置きながらも、素晴らしい作品を作った名も知らぬ芸術家たちに、スタジオジブリは「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」にモノづくりの原点を見たのではないのでしょうか。また、東日本大震災の被害から立ち直ろうとする現代の日本と、強制収容所に収容された日本人を重ねたのではないのでしょうか。

最後に、「物たちに塗り込められた記憶」という記事で石内都さんがこの展覧会の意義について語っています。

展覧会は5月から仙台で再開します。観に行ける人は、ぜひ観に行ってみてください。

こういう展覧会というのは「わあ、すごい」とかそういうことだけでなく、
今なんでこれがあるのかな、
ということに意味を見出す展覧会なんです。

関連情報

「尊厳の芸術展-The Art of Gaman-」

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