全てデジタル化することは良いことなのか。書評:熱風2013年4月号 特集「フィルム」

2013/12/06

山下達郎さんが「POCKET MUSIC」というアルバムのレコーディングを行なっていた頃、録音機材が従来使用していたアナログの24トラックのMTR(以下、アナログレコーディング)から、デジタルマルチチャンネルレコーダーを用いたもの(以下、デジタルレコーディング)に移行しつつありました。また、MIDIという規格が確立され、シーケンサーによる自動演奏が本格的に音楽制作の現場にて使用されるようになりました。

デジタルのメリットが、デメリットになる

デジタルレコーディングの最大のメリットは、アナログレコーディングに比べて「音がクリアに録音出来る」ことです。アナログレコーディングでこれまでの作品を作ってきた山下さんは、「POCKET MUSIC」のレコーディングから、デジタルレコーディングへと切り替えます。

しかし、当時のデジタルレコーディング環境では、アナログレコーディングで可能だったロックンロールに必要な”音の歪み・ひずみ”や”音圧”がなくなってしまいました。デジタルレコーディングのメリットが、よりよい音楽を産み出す際には、デメリットになってしまったというわけです。

山下さんは、目指す音とのギャップに苦しみ、「POCKET MUSIC」は超難産の末にリリースされた後、音の仕上がりに満足できなかった山下さんは、1年後にリミックス盤を再リリースすることになります。

「POCKET MUSIC」リリース後も山下さんのデジタルレコーディングとの格闘は続きます。

SONORITE」という作品では、「ProTools」というソフトウェアを用いてレコーディングを行いました。「ProTools」は音の編集が波形を見ながら可能になり、より精密な音の追求が可能になるのですが、アナログレコーディングで可能だったロックンロールに必要な”音の歪み・ひずみ”や”音圧”を再現することはますます難しくなり、「SONORITE」では、クリアに表現されすぎる音に対する策として、ベースを入れる曲を減らすという措置を取ることになります。

最新作の「Ray Of Hope」では、「ProTools」との折り合いがある程度ついたようですが、山下さんの録音機材との格闘の歴史を知ると、アナログからデジタルへの制作環境の変化は、制作者にとって大きな影響があったことがわかります。

フィルムの良さを改めて考えなおす

前置きが長くなりましたが、スタジオジブリは、毎月10日に「熱風」という無料の文芸誌を発行しているのですが、今月の特集は「フィルム」です。19世紀末の映画の誕生から約120年間、映画は常にフィルムで撮影され、上映されてきました。

しかし、ここ10年あまりでフィルムからデジタルへの大きな変革が訪れ、映画館からはすでに、フィルムが消えつつあり、デジタルデータでの上映システムが大きな割合を占めるようになり、配給会社が上映用フィルムを作らない作品が多くなったそうです。

デジタル化には費用を掛けずに映画が作れて配給もでき、経年劣化もない反面、フィルムやデジタルでの質感の違いや、”データ”という形式による映画の保存に対する不安があるそうです。

また、デジタル化の推進自体が、映画のつくりての話をあまり聞かずに進んでいたという背景から、今回の特集は、映画のデジタル化が進み、フィルムがなくなっていく中、フィルムの良さを改めて考えたいという趣旨で企画されたそうです。

特集:フィルム ラインナップ

  • フィルムと共に無くなりつつある、映画作りのいちばん大事な部分 (山田洋次)
  • フィルムの持つ〝一瞬の暗闇〟が、映画を観る体感の違いを生む。 (山下敦弘)
  • フィルムと私 (桃井かおり)
  • 過渡期におけるフィルムとデジタルの経験から (奥井 敦)
  • 映画のデジタル化~得られるものと失われるもの~ (荒島晃宏)
  • 復元を通して、映画フィルムを知る (とちぎあきら)
  • 僕はいつもフィルムのことばかり考えていた (椎名 誠)

今回の特集で、印象に残ったことが2つあります。
共に、桃井かおりさんが「フィルムと私」という記事の中で書かれていたことなので、以下の文章で紹介します。

デジタル化によって、1人で映画が作れる

1つ目は、デジタルで映画を撮影することのメリットとして、「一人で映画が作れる」という事を挙げています。デジタル化によって、機材が安価になり、編集も音楽もコンピュータで出来、デジタルなので明るさをコンピュータで調整できるので照明係を必要としないため、場合によっては1人で映画が撮影できるというわけです。実際に、昨年エミー賞で3部門を獲得した「A Game of Honor」という映画は、監督、編集、撮影、音楽からなにから1人で行なった映画として、話題になりました。

こうして1人ないし少人数で作品を作ることのメリットは、自由な作品が生まれやすいということです。関わる人数が増えれば増えるほど、物事を決めるのは多数決になるため、尖った作品が生まれにくくなります。少人数で制作することで、自由な作品が生まれて、自由な才能が生まれてくる可能性があるということを、桃井さんは指摘しています。

デジタル撮影は俳優を必要としない

2つ目は、撮影可能な時間がもたらす映画のあり様、俳優のあり様の変化についてです。フィルムは2分と撮影時間がもたないそうですが、デジタルだとフィルムチェンジがいらないので、長いショットを撮り続けることができます。

桃井さんが指摘している点で興味深かったのは、「動物や演技ができない素人の人でもずっと撮っていることができる」という点です。カメラが回っている中で芝居ができる、泣いたり笑ったり怒ったり出来るところが役者なわけだけど、1時間も2時間も回せるならば、泣いた時や怒った時に撮ればいい、となってもおかしくないと。したがって、「俳優を使わずに普通の人を使って撮影をしていくのではないか」というのです。

この部分を読んで思い出したのが、映画ではありませんが「水曜どうでしょう」という番組です。(水曜どうでしょう自体は、撮影機材がデジタル化したのは2010年放送の新作からでしたが)地方のタレント2人(1人はデビュー同時大学生)が、様々な旅をし、そこで体験したこと、発言したことを可能な限り記録し、面白い場面を編集して放送するというスタイルは衝撃をもたらし、放送が終了して10年が経過した今でも、熱狂的な支持を集めています。

技術の発達が作品の発達に結びついていない

確かにフィルムからデジタルへの進化に伴って、新たな表現が生まれる可能性もあります。ただ、この特集で複数の方が共通して指摘していたのですが、「技術の発達が、作品の発達に必ずしも結びついていない」という点です。

山田洋次さんは今回の特集記事の中で、英国映画協会の「映画監督が選ぶベスト映画」で、小津安二郎監督の「東京物語」が第一位に選ばれた例を挙げ、「映画における技術の発達とはいったいなんだろうということを思わないわけにはいきません。」と語っています。音楽の世界でも、どんなにレコーディング技術が進化しても、ビートルズを超えるロックンロールバンドは出てきていません。

21世紀に入って10年が過ぎ、急速にデジタル化が進む中、技術の進化が作品の進化につながっているのか改めて考えた上で、本当によい作品を産み出したり、楽しむ環境はどのような環境なのか。スタジオジブリから提起された問題を、改めて考えてみる必要があるのではないのでしょうか。

最後に山下達郎さんのこんな言葉を紹介します。

「僕は職人の魂で仕事をしたいと思いますが、自分の昔の価値観や経験則にこだわり過ぎるとたちまち時代に取り残される。それを避けるためには必死に自己変革や学習を続けるしかないのです。

関連商品

日本の音楽史に残る”最後のアナログレコーディング”の傑作。
ともに今はなくなった「WATERFRONT STUDIO」で録音されました。

MONTAGE

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フィルムで作られたアニメの傑作「風の谷のナウシカ」を内田樹や満島ひかりといった個性的な作家陣が読み解く「ジブリの教科書」シリーズの第一弾はこちら。