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書評「物欲なき世界」(菅付雅信)-欲しい物なら揃いすぎてる時代に生きる僕らの幸せとは-

   

物欲なき世界

斉藤和義が1993年にリリースした自身のデビュー曲、「僕の見たビートルズはTVの中」は、こんな歌詞で始まります。

欲しい物なら そろいすぎてる時代さ
僕は食うことに困ったことなどない

今から20年以上前から、欲しいものはそろいすぎてると言われていました。21世紀になって、人々はモノを買わなくなってきたと言われています。消費は飽和しているのか。それとも一時的な消費欲の低下なのか。もしくは、違うことに消費の関心が移っているのか。本書「物欲なき世界」は、こうした消費行動の変化から社会の変化を探った上で、現代の幸福と未来を様々な証言と事象から考えた1冊です。

様々な証言と事象を組み合わせ、社会の変化と未来の行く末を探る

本書は、現代を、欲しい物がない時代、欲しい物が揃いすぎている時代と捉え、様々な証言と事象を組み合わせ、社会の変化と未来の行く末を探っています。「中身化する社会」「はじめての編集」でも採用した、様々な証言と事象を組み合わせた菅付雅信さん独特の文体は健在で、証言や事象を読み進めていくうちに、紡がれる物語に読み手をグイグイと引き込んでいきます。

物の価値が下がっている

産業革命によって、物を作る技術が比較的に高まり、大量生産を推し進めていった結果、物を大量に消費する時代が20世紀になって訪れました。しかし、欲しい物が揃いすぎている時代は、大量に生産された物を消費しきれなくなっている気がします。物が溢れているが故に、物の価値が下がり、物を所有すること、物を買うことの価値自体も下がっている気がします。

したがって、「物を買う」手段として活用されていたお金の使い道が、現在においては見直されています。物ではなく、旅行、エクササイズ、習い事といった事にお金を費やす人もいます。

お金という物をやり取りすることはなく、クレジットカード経由で物やサービスを手に入れることが、一般的になりました。農業を始めたり、地方での暮らしをスタートさせたり、消費社会に対する距離を模索している人が増えてきている気がします。

物から「暮らし」「仕事」「お金」「遊び」の問題を考える

20世紀は、労働は生きるための手段というよりは、「物を買う」事ための手段であり、すなわちお金をもらうための手段でした。しかし、欲しい物が揃いすぎている時代では、労働そのものの意味、仕事をすることの意味自体が揺らいでいます。「好きなことを仕事にしよう」という声を聞くようになったのは、労働そのものの意味が揺らいでいることの象徴のような気がします。

本書は、現代社会が抱えている問題を、とても分かりやすく説明している1冊です。物欲の行く先について考えた結果、「暮らし」「仕事」「お金」「遊び」といった問題を考える1冊になっています。

ひとつ言えることがあるとすれば、経済が発展することが、社会が抱えている問題をすべて解決してくれるわけではないということは、20世紀に急速に経済発展を遂げた日本の現状が示しています。むしろ、他の国の問題を先取りしている日本の現状を考えると、日本の問題を解決していくことは、世界中で抱えている問題を解決していく糸口になるのではないかと思うのです。

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