あとがき。書評「Number(ナンバー)926号[雑誌]」-2017年の松坂世代-

僕と同じ松坂世代は、1980年生まれ。今年37歳になります。アスリートにとっての37歳という年齢は、これから絶頂期を迎えるということは考えにくい年齢だ(イチローは、最近テレビの特集で「これから僕の絶頂期が来るとは、どうして考えられないのか」と語っていましたが)。

勝負の世界で長年戦ってきたことで、表に出ていたり隠している怪我をかかえ、五体満足でプレー出来ている選手の方が少ないのではないだろうか。そして、なによりきついのは、心が削られるような勝負の世界に身を置きながら、毎日のきつい練習、準備、そして試合に出続けるという、アスリートにとって当たり前の事を続けることではないか。

年齢を重ね、経験を積むと、当然物事に対する知識や選択肢は増える。しかし、自分の体は得られた知識や選択肢を、フルに活用出来る状態にない。サラリーマンだって、20代のように、深夜までお酒を飲んでも、次の日にバリバリ仕事が出来るなんてこともない。

そして、年齢を重ね、経験を積むと、なぜか、自分より年下の人間の面倒をみる事が求められる。経験を活かし、技術を活かして、部下を育て、上手く活用する事が求めれる。一人のプレーヤーとして自分のやりたいことだけやることが許されなくなってくるのは、アスリートもサラリーマンも同じかもしれない。

一人のプレーヤーとして存在したかったら、それ相応のリスクをとるしかない。三浦知良のように、ブラジルのサッカークラブの経営を手がけたり、CMで収入を得ながら、自分自身の価値を伝え続け、現役を続けている選手もいる。イチローは、自分自身のプレーを徹底的に追求する姿勢を貫いた結果、良くも悪くもチームスポーツである野球をやっているのに、個人競技をやっているように見える。2人のキャリアは、批判と隣り合わせのリスクを取り続け、真っ黒になったオセロの盤面を、土壇場でひっくり返し続けてきた結果だ。誰にでも出来ることじゃない。

年齢を重ね、家族がいるものは、責任も、出費も増える。反面、仕事でミスが許されない年齢になり、仕事と家庭の板挟みになる人もいる。松坂が単身赴任で頑張っていると聞いた時、僕自身なら耐えられないなと思った。実際僕は何度か耐えられなかった時がある。

アスリートとしては、どうやって坂を下るかを考える時期に差し掛かり、指導者に転身するといった、次のキャリアを考える時期であり、サラリーマンはプレーヤーとしてのキャリアを追求するのか、人を活かす仕事をするのか、選択を迫られている年齢が、37歳なのかもしれない。そんな事を、今回のNumberの松坂世代特集を読みながら考えてしまいました。

僕はどうするかというと、心は決まっている。プレーヤーとしてのキャリアを追求し、そのためのリスクをとっていきたい。それが、僕の現時点での考えだ。僕にとって、このブログを運営することだって、noteで有料で記事を書くことだって、リスクだ。もしかしたら、最大のリスクは、今の仕事を続けることかもしれない。

今回のNumberの「松坂世代」特集は、多くの人に読んでもらいたい。なぜなら、今回の特集で描かれているのは、アスリートのスーパープレーに対する描写や賞賛ではなく、岐路に立つ人間たちの等身大の姿だ。彼らは人目をひくがゆえに、深く考え、人生と向き合い、世代の先頭を走り続けている。彼らから学ぶ事は多いはずだ。

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