落合博満が語る”マンネリズムの美学”

以前「落合博満の映画評論「戦士の休息」から読み解く「エンターテイメント」とは何か。」という記事を書きました。その時は、「熱風」で連載されていた「戦士の休息」を紹介した記事だったのですが、ようやく書籍になった「戦士の休息」を読むことが出来ました。

「戦士の休息」は、落合さんが映画について語った1冊ですが、至る所に落合さんの「エンターテイメント観」が語られていて、落合さんが監督時代にどんなことを考えて采配を振るっていたのかが、よく分かる1冊になっています。

読み終えて特に印象に残ったのが、落合さんが繰り返し繰り返し語っている「マンネリズムの美学」、言い換えると「繰り返しの美学」についてです。

“お決まり”を楽しむ感性

落合さんが「戦士の休息」の中で「同じ映画を繰り返し観る」と何度も語っています。なぜ、落合さんは繰り返し同じ映画を観るのかというと、一度観た映画を観方を変えて観ることで、映画の奥深さや違う楽しみを得てきたというのです。同じ映画を繰り返し観るということは、ストーリーがわかっている映画を観るということでもありますが、落合さんはこうした”お決まり”を楽しむ感性が失われている、というのです。

”お決まり”を楽しむ、ということを改めて考えてみると、日本の伝統芸能である歌舞伎や落語といったものは、既にストーリーがわかっているものが大半です。なぜ、ストーリーがわかっている舞台を観に行くのかというと、そこで演技する演者の動きや、声を生で体感して楽しみたいからではないかと思うのです。

映画の世界で言えば、「寅さん」シリーズは常に同じストーリーでした。映画は、最後に寅さんがフラレて終わります。そして、公開時期はお盆と正月と決まっていました。決まった時期に、決まった物語を楽しむ。これもエンターテイメントに求められていることだというわけです。

老舗とはなにか

“お決まり”について語るにあたって、歌舞伎や落語の例を紹介しましたが、落合さんは「老舗」についてこんな事を書いています。

老舗とは、顧客や世間の趣向の変化にも動じず、
「時代はめぐり、また元に戻るんだ」と意地を張って同じ形の商売を続けるものだ。
だからこそ、また時代が戻ってきた時に、その歴史と伝統が醸し出す安心感に、
人が集まるのではないか。

“お決まり”を楽しむ楽しみ方にも通じますが、「意地を張って」ということころに、落合さんらしさを感じます。

プロフェッショナルとは”マンネリズムの追求すること”

落合さんは自身の経験から、タイトルを何回もとって「ホームラン王はまたあいつか」と呼ばれるようになったら、超一流だと語っています。長く安定して活躍し、継続して結果を残す。その事の重要さについて、落合さんはコンナことを書いています。

二一世紀になってから世の中の動きは速度を上げる一方で、
人々の趣味や趣向も目まぐるしく変化していく。
どんなビジネスでも、そうした人々の心をつかもうと、
手を替え品を替えという発想になるのは仕方がない。
しかし、そういう中でも長く愛されるものを作り出そう。
このやり方で長く続けてみようという気概だけは忘れてはならないのだと思う。

最後に落合さんの考える「プロフェッショナルとはなにか」が分かる言葉が掲載されていたので、紹介したいと思います。「偉大なるマンネリズムについて」という章の最後に、落合さんはこんな事を書いています。

偉大なるマンネリズムを追求すること、
それこそがプロフェッショナルの仕事と言い換えてもいいのかもしれない。

こんな言葉をヒントに、落合博満の考える野球について、想像を膨らましてみてはいかがでしょうか。

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