落合博満の映画評論「戦士の休息」から読み解く「エンターテイメント」とは何か。

2013/09/09

采配

スタジオジブリが発行する「熱風」を読む時、楽しみにしていた連載がありました。それは、落合博満さんの映画評論「戦士の休息」です。しかし「戦士の休息」は今月で連載が終了することになりました。

「熱風」を定期的に読むようになってからは、「戦士の休息」を読むのが楽しみでしたので、連載が終了するのはとても残念です。

素直に作品と向き合う

落合さんは、中学・高校時代は年間100本以上観るほどの映画好きで、高校時代に先輩たちの理不尽なシゴキに耐えかねて野球部を退部したときは、ずっと映画ばかり観ていたそうです。そんな落合さんが中日ドラゴンズの監督を辞めた後2012年4月から、映画評論の連載「戦士の休息」を「熱風」でスタートさせます。第一回眼の連載で落合さんは自分なりの映画の選び方、観方についてこう語っています。

「どんなジャンルの作品でも観ます。
一番好きな作品はありません。」
(中略)
観ながら色々と考えてしまうものよりは、
単純に楽しめるものがいい。
そんな観点から、実際に起きた出来事を映画化した”実話モノ”は好きだ。

見る作品を監督で選ぶことはない。
(中略)
監督はあくまでも黒子だと考えているから、
映画を観る際にも関心を寄せるのは、
「どんな作品なのか」、あるいは「あの俳優はどういう演技をするだろうか」
という点である。

こうした映画の選び方、観方を読み直すと、映画を観たまま感じて、素直に楽しもうとする落合さんの考えがよく伝わってきます。

印象に残っているのは、落合さんが「第十回:戦争映画」の連載で、アカデミー賞を受賞した話題の映画「ハート・ロッカー」について、語った文章です。
落合さんは連載の中で、「ハート・ロッカー」について以下のように語っています。

観終わった直後の率直な感想は、
「これは一体何の映画なのだろう」
というものだ。
(中略)
何度か書いているが、映画は最高のエンターテイメントであり、
観終わって「楽しかった」と思えればそれでいい。
(中略)
人間がどんな世の中に生き、
そこで何を考え、どういうことを為してきたのか。
それらを記録して構成に語り継ぐのが映画の役割だと考えている。
だからこそ、戦争をテーマにして作品は楽しむものではないと思うが、
歴史として作る意義も観る価値も生まれるのだと受け止めている。
そういう意味でも、なかなか理解しづらかたというのが、
「ハート・ロッカー」の感想だ。

連載を通して、落合さんは何度か「映画は最高のエンターテイメント」だと語っています。中日監督時代「落合はつまらない」と言われ続けた監督から、(映画というジャンルについてですが)「エンターテイメント」という言葉を聞くとは思いませんでした。

僕がこの連載で楽しみだったのは、落合さんが映画を通じて語る「エンターテイメント論」です。連載の冒頭やまとめの項で、落合さんは野球の話を交えたりしながら、自身が考える「エンターテイメント」について、よく語っていました。

では、落合さんが考える「エンターテイメント」とはどのようなものなのでしょうか。

“わからないから面白い”

「第八回:野球の映画は興味ない」という連載の冒頭で、落合さんは「”わからない”魅了を楽しむ感性」というタイトルの文章の中で、以下のように語ってます。

映画界もプロ野球界も、ファンがあって成立するのは、
否定しようのない事実である。
だからこそ、少しでもファンを楽しませたいと、
考えた”小さな親切”が次第にエスカレートし、
ある時点から”大きなお世話”になっている。
しかし、それを当たり前と思うようになったファンは、
”わからない魅力”を楽しむ感性を奪われ、
両者にとって不幸な時代になっていく。

ソーシャルメディアが発達し、「情報が気軽に発信できる」ようになったことは良いことなのかもしれませんが、反面、芸能人がTwitterやブログで情報を発信し、ファンとの交流を深め、情報を与えれば与えるほど、”わからない魅力”は薄れていく。そのことに、落合さんは警鐘を鳴らしています。

David Bowieというアーティストをご存知でしょうか。グラム・ロックを代表するアーティストで、NMEという音楽誌が「20世紀で最も影響力のあるアーティスト」にも選ばれたアーティストでしたが、ここ10年間表立った舞台にはほとんど立たず、創作活動を行なっているという噂もありませんでした。

ところが、今年に入って突如新作「The Next Day」を3月に発売すると発表。先行してリリースされたシングルは、世界119カ国のiTunes Music Storeのシングルチャートで1位に輝きました。David Bowieが行ったのは、徹底して情報を”発信しない”ことでした。元々David Bowieは、宇宙人のような雰囲気を持っていて、人間離れした不思議な魅力を持ったアーティストでした。David Bowieの”発信しない”プロモーションは、”わからない魅力”の楽しみを、改めて教えてくれた気がした出来事です。

落合さんは中日監督時代、徹底して秘密主義を貫きました。ブルペンのテレビカメラによる撮影禁止、怪我した選手の怪我の情報は発表しない、記者会見ではあまり喋らない、等々。その事を「落合はファンに対して不親切だ」という人もいました。しかし、改めて考えると、落合さんの徹底した秘密主義は、落合さんなりのエンターテイメントだったのではないのでしょうか。

”銀幕のスター”や”ハリウッド・スター”といえるような存在がいなくなりつつあるエンターテイメントの現状を考える上で、映画という媒体の評論から「エンターテイメントとは何か」を考えさせれるこの連載が終わってしまうのは残念ですが、落合さんが最良のエンターテイメントを提供できるのは、野球界です。

落合さんほど野球というエンターテイメントと真剣に向き合っている人はそうはいないということを、この連載を読んでいて強く感じました。落合さんが近いうちに監督として現場に復帰されるのを、期待して待ちたいと思います。

落合博満が選ぶ「オールタイム・ベスト10」

最後に、2013年3月号に掲載された、落合博満が選ぶ「オールタイム・ベスト10」の作品を紹介します。ただし、落合さんは10本目の作品は空欄ということにしたので、実質9本ですが。

チキ・チキ・バン・バン

落合さんが「生涯通じて絶対的に一位のままだろうと思える作品」と語る「チキ・チキ・バン・バン」。
その理由は「自分の意志で映画館へ足を運び、初めて観た洋画だから」。落合さんらしい理由です。

白い恋人たち

落合さんはレコードを買うほど、メインテーマに魅せられたそうです。

ゴッドファーザー

落合さんが「歳を重ねるほど味わえる作品」と表する「ゴッドファーザー」

アラモ

”私のヒーロー”と評するジョン・ウェインが登場する映画”アラモ”

黄色いリボン

戦闘シーンはもちろん、組織の長として部下に見せる優しさに心を動かされたという作品。

ローマの休日

落合さんが「現代のラブ・ストーリーとしても十分に楽しめるのではないか」と語る不朽の名作。

マイ・フェア・レディ

落合さんが「名作や名優には、今だから語らるものも含めて様々なエピソードがあるものだ。」と語る名作。

007シリーズ

落合さんは「ボンドには上背のある恰幅のいい男が適している」と理想のボンド論を語っています。最新作「スカイウォール」は面白かったそうです。

黒部の太陽

三船敏郎の主演作として落合さんが選んだのは、意外にもこの作品。

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「熱風」については、以下の様な記事を書いています。

落合博満さんに関する書籍の書評としては、以下の様な記事を書いています。

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