身の丈にあった暮らしをすることの大切さ。書評「世界はすでに破綻しているのか?」(高城剛)

本書「世界はすでに破綻しているのか?」は、「国家破綻がおきるかどうか」を検証した本ではありません。「国家が破綻すると、何がどのように変わるのか」を、高城剛個人が見てきたことを、書き記した1冊です。

国家や都市が破綻するパターン

ソビエト連邦の崩壊、アジア通貨危機と韓国、アルゼンチン、スペインとギリシャの財政危機、キプロスの国家財政破綻、そして、アメリカデトロイト市の財政破綻。本書で紹介されているだけでも、20年程の間に、これだけの国家や都市が財政破綻、もしくはそれに近い危機に直面しています。

日本も2007年に北海道夕張市が財政破綻し、国家や都市の財政破綻といった事態が、これらの国家の財政破綻が対岸の火事ではないのだということを示しています。国家や都市は破綻するのです。

本書を読んでいて面白いと感じたのは、国家が破綻する時のパターンです。破綻するパターンは、国や都市が違っても、驚くほど共通していたのです。

大まかに言うと、国家が破綻するのは以下のパターンです。

  1. 不動産投資など、外貨含めたお金が自国に入り、投資が行われ、経済が発展する
  2. 投資によって必要以上に建てられた不動産の価値が下落し、投資が減る
  3. 流入した外貨が引き上げられ、経済がさらに悪化
  4. 経済の悪化に耐えられなくなった国や都市が破綻

スペインも、ギリシャも、キプロスも、韓国も、そしてデトロイトも、このパターンで財政危機や破綻に見舞われました。

「お金」の価値が無くなったらどうなるのか

国家や都市が破綻すると、どうなるのか。

本書を読んで強く実感したのは、普段経済を回す原動力になっている「お金」の価値がなくなるのだということです。国家や都市が破綻すると、銀行は封鎖され、自国の貨幣の価値は暴落。他国の通貨に両替しようにも、銀行は使えません。普段、物を交換するために使っているお金が使えなくなるため、食べ物だけでなく、電気、水道、ガス、インターネット、電車といったサービスを受けられなくなります。つまり、今までと同じ生活が、出来なくなるのだというだけでなく、生活そのものが成り立たなくなるのです。

そして、国家や都市は、段階的に破綻するのではなく、ある日突然破綻します。つい先日まで、普段通り暮らしていたのに、ある日突然、全く生活が変わってしまう。そんなことが起こるのかと考えてしまいそうですが、それが、実際に財政危機や破綻に見舞われた国家や都市で起こったことなのです。日本人は国家破綻ではありませんが、東日本大震災という天災で、ある日突然生活が変わるという経験をしました。この経験を活かさない手はないと思います。

身の丈にあった暮しをする

本書を読んでいると、ある言葉が繰り返し登場します。高城剛の著書でこんな言葉を読むのは意外な感じがしますが、それは、「身の丈にあった暮しをする」という言葉です。

イギリス人は余裕のある者でも、地元の公園で開催されるファーマーズ・マーケットなどで、美味しく新鮮で安全な野菜を生産者から「安く」購入します。また、スペインでは、スターバックスやマクドナルドにお金を落とす人は殆どいないそうです。街のコーヒースタンドの安くて美味しいコーヒーを飲み、入場料が基本的にゼロのクラブで、踊って楽しむ。

こうした人々は、身の丈にあった暮らしをしながら、「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」を高めることを真剣に考えています。こうした人々の姿と、膨れ上がった欲望に舞い上がって経済破綻した国家や都市の姿と比べて、「お金があることは、人生を楽しむこととイコールか」という問いかけを、高城剛は投げかけています。

本書の最後には、こんな言葉が書かれています。

さまざまな国家破綻を目の当たりにしてきたが、ずるずると欲望や時の流れに身を任せていた人々は淘汰されることになった。それとは逆に、今までの暮らし向きを瞬時に切り替えた人々は、大きな時代の渦に巻き込まれることなく、粛々と生活を続けることができているように思う。

常に自分を見失わず、自分なりの「異変」を感じたら、誰になんと言われようが、即座に変わり身すること。大きな社会変化が差し迫った時代の中で、生き延びる秘訣はそれに尽きると、僕は思っている。

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