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まずはボールだ。書評:「ボールのようなことば。」(糸井重里)

      2012/12/14

ボールのようなことば。 (ほぼ日文庫)

糸井重里さんが「ほぼ日刊イトイ新聞」で話したり書いたりした原稿や、ツイートでつぶやいた言葉をまとめた、”ちいさな言葉”というシリーズがあります。すでに6冊の書籍が出版されています。(ぼくは3冊持っています。)

今回ご紹介する「ボールのようなことば。」は、過去に出版された”ちいさな言葉”シリーズの書籍から、「若い人に届けたい言葉」を厳選して、再掲載した1冊です。

ここで書かれている言葉を読んでいると、糸井さんがあらゆる方向から、物事を理解しようと考えていることが伝わってきます。そして、「若い人に届けたい言葉」を厳選しているだけあって、時には暗闇に一筋の光をともしてくれるような言葉や、時には叱咤激励するような熱い言葉も含まれています。

この記事では、本書を読んで僕が気になった言葉を紹介していきます。

気になった言葉

ちょっとずつだけ、ちょっとだけ変わる。
変わってないんじゃないかと思えるような時期もある。
うわぁ、すっかり変わっちゃったと思える日もある。
行ったり戻ったり、足踏みしたりしながら、
あるとき「もう、変わったって言っていいんじゃないか」と、
印をつけたくなるような時が来る。

「ちょっとずつだけ、ちょっとだけ変わる。」という言葉は、最近身をもって実感しています。

「個性的であらねばならない」ということばは、
あちこちでよく語られますが、信じないほうがいいです。
「ねばならない」からと言って、どうするんでしょう?
個性は、ついつい表れてしまう
「訛り」や「顔つき」のようなものです。
「訛り」を身をつけるために努力してもしょうがない。

「個性は、ついつい表れてしまうもの」なんですよね。
そう考えると、自分自身が本当に個性をわかっているのか、疑ったほうがよいかもしれません。

ギターを買ったら、ギターが弾けるようになる。
というようなことは、ほんとはありえないのですが、
ついついそう思っちゃいます。
ギターを買って、練習すれば、ギターを弾けます。
なにもしなければ、なにもできません。
毎日をたのしくするのは、自分です。
ギターを弾くあなたが、音楽を奏でるのと同じ。
ギターは、ただそこにあって、
あなたが弾いてくれるのをまってるだけなんです。

最近こんな記事書いたばかりだったので、胸が痛みました。

できることの少ない日は、少なくなにかをする。

何でも山盛りにやろうと思うのが、間違いの始まりなのかもしれないと思いました。

「断る理由をうまく言えなくても、断っていい」んです。
提案をする側が強引に、
「なぜ断るのですか。その理由を言ってください」と
相手を泣かせるくらいに詰め寄ったとしても、
「なぜだかわかりませんが、お断りします」と、提案された側は、言ってもいいのです。
そうでなかったら、「うまく言えない気持ち」は、なかったことにされちゃうからです。
ゲームの中の取引だって、
プロポーズだって、M&Aだって、買い物だって、
「なんだか知らないけどイヤン」と、言っていい!
これはとても大事なことだと、ぼくは思うのです。
そうでないと、「肉体的な力ずく」ばかりでなく、
「言論的な力ずく」に、負けちゃうでしょう。

ビッグ・イシューという雑誌を発行している会社は、「少数決」という制度があるそうです。
どうしても多数に入りたがらない、ということは強い理由があるのだから、少数の意見を採用する。という考え方なのだそうです。この言葉を読んで、そのことを思い出しました。

等身大のままできることを、
ちゃんとやっているうちに、
上昇するらせんのように進歩はするものさ。

「等身大のままできることをちゃんとやる」これが一番難しいんです。

じぶんの「よくないところ」というのは、
じぶんの「いいところ」が存在するための、
理由だったりするんです。
どこかに、影や、ゆがみや、不足や、汚れがあるために、
それをごまかそうとしたり、忘れようとしたりして、
別のなにかが発達することがあります。
弱さが、別のどこかを強く鍛えてしまう。
それは、悲しいことでもあるのですが、
あんがい、そこに、人が喜んでくれることがあるんですよね。

弱さを自覚し、別のどこかを強く鍛えたアスリートの一人が、竹下佳江さんです。
詳しくはこちらの書籍をご覧ください。

じぶんがつくった歌を、誰かが歌ってくれたり、
じぶんたちがつくった服を、誰かが着てくれたり、
じぶんが書いた文章を、誰かが読んでくれたり、
そういうことって、ほんとにうれしいことです。
じぶんのためだけに歌う歌もあるでしょうし、
じぶんが書きたいというだけで書く文章もありますが、
それはそれで、いいんです。
でもね、誰かに伝わるというのは、
ずいぶんうれしいものです。

そうなんです。
誰かに伝わるというのは、ずいぶんうれしいもの、なのです。

ぼくは、どうにも、パシリという制度が苦手だ。
パンを買ってきてもらいたい、という気持ちはわかる。
だったら、ちゃんと頼みなさい、と言いたい。
パシるほうの人も、頼み方が悪かったら断りなさい。
と、そんな率直なことを考えてしまう。
それは、先輩と後輩の間でも、そうするべきだと思う。

コミュニケーションする際、常にフラットで対等な関係をもとめる糸井さんならではの言葉です。
あたりまえなんですけどね。

よく「紙一重の差」っていうけれどね、
その「紙一重」というのが、差ってものなんだよねー。
「紙一重」で敗れる側というのは、
たいてい、ほとんどの場合「紙一重」で敗れるんだ。
「紙一重」で勝った側は、いつもその勝つ側にいる。
厳しいけれど、「紙一重」の差こそが、
いわば「めしのタネ」であり、
それを目指して誰もが努力や工夫をしているわけです。

糸井さんはあまり勝ち負けについて語らない人だと思っているので、珍しいと思って取り上げました。

あわてて何かして、よかったことなんて、
一度でもあったのか・・・・・・・・ないですよ、ほんとにない。
あわてて考えたことを実行しなくて助かったなんてこと、
ありましたとも、あったあった、そんなことばかりです。

これでも、ぼくは、ずいぶんあわてなくなったんです。
いちばんあわてていた時期を100としたら、
いまは、20くらいまでになったと思います。
どうして、そうなったかというと、
「あわてない」だけで、うまくいく・・・・という経験を、ずいぶんと繰り返したからです。

ほんとだよ。
「あわてるな」と大きく墨書して、
壁に飾っておきたいくらい、大事なことなんだよなぁ。

あわててよかったことなんて、ない。これは頭にとめて置きたいと思います。

「多忙は怠惰の隠れ蓑である」と、何回でもじぶんに言おう。

この言葉は、折に触れてよく思い出す言葉の一つです。人のことを見ていてもそう思います。

ぼくの本来の性質は「なまけもの」なんですが、
毎日、実は、仕事がおもしろいんだよなぁ。

  1. 前提は、なまけものである。
  2. しかし、なまけていては生きていけない。
  3. なまけものでもやりたくなるような仕事を考える。
  4. なまけものでも、やりたい仕事だから、やっちゃう。

・・・・そういうことなのかなぁ、と思うんです。

これよくわかります。僕もなまけものなので。

知らずにうそをついている場合があるので、
気をつけよう。
(形式や、常識、先例は、うその宝庫である)

うそつきな僕は「言った後に公開するうそはやめよう」と常に言い聞かせています。


とにかく、なんでもなんですよ。
なんでも毎日やってるものは、すごいんです。
途中で、「毎日」が続かなくなったら、
休んだことをいったん忘れて、
また「毎日」をスタートさせればいいんです。
止まっちゃったと気がついたら、そこがリスタートです。
そんないい加減さでやってたら、「毎日」ができるようになっちゃうんです。

僕にとっては、ブログを書くことやトレーニングや英語の勉強がこれにあたります。


好きな人に会うのに、いちいち理由なんか考えないでしょ。
まぁ、少々恥ずかしい気持ちがあるから、
「ちょっと聞きたいことがあってさ」なんて、
どうでもいいとっかかりはつけたりするけれど、
ほんとは、「会いたいというだけ」という場合が多いでしょう。

よくわかります。最近この気持ちを忘れている気がします。


つくづく、ものごとを大きく動かすのは、
「最初のひとり」が大事なんだと思います。
「最初のひとり」の情熱だとか、独自性だとか、
輝きだとか、おもしろがり方だとか、
そういうものがないプランは、ダメなんです。

だから「最初のひとり」に自分の考えが伝わったら、すごく嬉しいんでしょうね。


ミッキーマウスのかたちの「聴診器」があったらいいな。

これを読んで、聴診器の裏に「Chage&Aska」と彫ってある先生のことを思い出しました。


原爆が落とされたおかげで戦争が終わった、
などという理屈が、
ちょっとでも正しく聞こえたとしたら、
「それはもう、とてもおかしいことなんだよ」と、
ぼくは言いたい。
いや、仮にその理屈が正しいとしたって、
ぼくは正しくない側にいるつもりだ。

全くそのとおりだと思います。賛成です。


打席に立ったとき。
三振するのも情けないゴロを打ってアウトになるのも、
かまわない。
見逃し三振さえも許してしまおう。
いけないのは、ただひとつ。
「打席に立っていることがよろこべないこと」だ。
その打席に立ちたくて目を輝かせたのではなかったのか。

僕はつい「打席に立っていることがよろこべない」といった態度をとってしまうことがあります。
そんなことは思っていないのですが、気をつけようと思いました。

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