すべてをマンチェスター・ユナイテッドに捧げた男。書評「ファーガソンの薫陶 -勝利をもぎ取るための名将の心がまえ-」(田邊 雅之)

2013/08/22

ファーガソンの薫陶 勝利をもぎ取るための名将の心がまえ

サッカーの世界には、「契約をした瞬間から解雇へのカウントダウンが始まる」という言葉があるそうです。そんなサッカーの世界で1986年に就任後、実に27年間にわたって常に優勝を求められるマンチェスター・ユナイテッドというクラブで監督をつとめたのが、サー・アレックス・ファーガソンです。

フランスのオセールというチームを44年にわたって率いたギ・ルーのような監督もいますが、20年以上にわたって常に優勝が義務づけられているマンチェスター・ユナイテッドの監督を務めあげる人物というのは、今後現れないのではないのでしょうか。

ファーガソンはどのようにマンチェスター・ユナイテッドを率いたのか。それをまとめたのが本書「ファーガソンの薫陶 -勝利をもぎ取るための名将の心がまえ-」です。

選手もスタッフもファミリー

ファーガソンは、マンチェスター・ユナイテッドに関わる人はファミリーの一員として扱います。本書にはこんなエピソードが紹介されています。

約10年前、マンチェスター・ユナイテッドのオフィスはオールド・トラフォードと、キャリントンという場所にある総合練習所の2ヶ所に分かれました。役員室や営業、広報といったピッチ外の事柄を扱う部門はオールド・トラフォードに、トレーニングや対戦相手のデータ分析、医療チームなど、サッカーに関わる現場の部門はキャリントンに配置されることになりました。

この移転により1人の女性をめぐって小さな問題が持ち上がります。キャス・フィップスという長年受付を担当してきたチャーミングな人物がいました。選手からも親しまれ、ベッカムがレアル・マドリーに移籍する時「キャスを懐かしく思うかもね」といったほどです。

そんなキャリントンへと職場が変わることが決まっていたのですが、キャリントンは車でなければ通えないような不便な場所にあるにもかかわらず、キャスは車を持っていません。それどころか愛する夫を亡くしたばかりのキャスは、通勤の手段がなくなってしまいました。誰かが毎日送り迎えをするわけにもいかないので、キャスはマンチェスター・ユナイテッドを退職するのではないかとささやかれていました。

この話を聞いて、一肌脱いだのがファーガソンです。彼女を案じたファーガソンは自ら地元のタクシー会社に電話をかけて、自腹を切って1ヶ月近く車を手配したのです。当初は「一時的な措置だろう」と思われていた措置でしたが、ファーガソンはマンチェスター・ユナイテッドにかけあい、彼女の勤務条件に朝夕の送り迎えを盛り込ませたのです。

ファーガソンは、スタッフの冠婚葬祭にも必ず出席するそうです。「チームに関わる人々は、みなファミリー」ということを口でいうことは誰にでもできます。しかし、それを行動に移し、気配りと目配りが出来る人は多くありません。

ファーガソンが退任するニュースは、正式発表直前まで表沙汰にはなりませんでした。自分のチームのボスが退任というビッグニュースが直前まで漏れなかったという事実からも、ファーガソンが築き上げたファミリーの絆の堅さが分かります。

チームのために働ける選手を使う

ファーガソンは、特別扱いを求めたり、自分の利益のためだけにプレーしたり、チームメートを必要以上に批判する選手を断固として許しません。こうした傾向がみえてスター選手を、ファーガソンは次々と放出してきました。ヴィクトリアと結婚しショービジネス界にも進出し始めたデビッド・ベッカムや、守備をサボるようになったクリスティアーノ・ロナウドや、起用法をめぐって対立したルート・ファン・ニステルローイを、それぞれレアル・マドリーに放出したことがありました。

ファーガソンにとって、マンチェスター・ユナイテッドというチームが全てであり、チームのために全てを尽くすことができる選手を求めているのであって、決してスーパースターを求めているわけではないのです。だからこそ、チームに全力を尽くす選手やスタッフを、ファーガソンは多少批難を浴びても全力で守ります。本書を読み終わって、その姿はマフィアのボスのようだと思いました。

名監督はワーカホリック

古今東西様々なサッカーの名監督に共通することが1つあるとすれば、それはワーカホリックであることです。モウリーニョは朝8:30にクラブハウスに入ってから夜10時過ぎまで働き、時には徹夜しながら相手チームの分析を行うこともあるそうです。今年からバイエルン・ミュンヘンの監督に就任したグアルディオラは、クラブハウスに誰よりも早く入って、誰よりも遅く帰っていたと読んだことがあります。

ファーガソンも例外ではありません。本書の第10章に書かれていますが、公式プログラムに掲載するための週に1回の取材が行われる時間は、なんと朝7:30。朝早くなのに、ファーガソンは鼻歌交じりでやってくる日も会ったそうです。そして、朝早くクラブハウスに入ってから、夜10時過ぎまで休みなく働くという生活を、27年間もの長い間続けてきたというのは、驚異的でしかありません。モウリーニョもグアルディオラも、あまりの重労働に充電期間を挟んだというのに、です。

本書を読み終わって、ファーガソンが、なぜ27年間もの間マンチェスター・ユナイテッドの監督を務めることができたのか。改めて考えました。考えた結果思いついたことは、月並みなのですが、彼は自分の仕事が好きで、心から大切にしていたからだと思います。マンチェスター・ユナイテッドのために、好きなサッカーの事を考え、チームを勝たせるために全力を注ぐ。そして自分が全力を注ぐチームのために、全力で働いてくれる選手やスタッフは、ファミリーの一員として扱う。全ての行動は、自分の仕事が好きで、心から大切にしていたいという気持ちから生まれているのだと思います。

「24時間仕事バカ」というキャッチコピーが使われている雑誌がありますが、ファーガソンほどこのキャッチコピーが似合う監督はいません。サッカーに興味がある人だけでなく、部下のマネジメントや勝てるチームをどうやって作っていったら良いのか悩んでいる管理職の人にもオススメの1冊です。

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