「あんたは自分で確かめたのか?」書評「梅棹忠夫 語る」

以前、「情報の文明学」という本を紹介させていただきました。

この本は、情報産業の成り立ちや未来について1967年に書かれた1冊です。「情報の文明学」は、1967年に書かれた書籍ですが、現代の情報産業を予言する記述や、情報産業がどのような経緯で発達したのかがわかりやすく書かれており、情報産業に関る人なら読んでおいて損はない1冊です。

ちなみに、ほぼ日刊イトイ新聞では「ほぼ日の父」と呼ばれ、ほぼ日刊イトイ新聞という人気Webサイトを支える根幹になっています。

僕自身は「情報の文明学」を読むまでは、梅棹忠夫さんのことは知りませんでした。ただ、こんな面白い本を書く人はどんな人なのだろうか。そんなことを考えていた時、図書館の本棚に並んでいた本書を手に取りました。

本書「梅棹忠夫 語る」は、2010年7月に亡くなった梅棹忠夫さんが、晩年に「文章について」「学問とは」「知的生産の技術」といった様々なテーマについて語った言葉をまとめた1冊です。

自分の足で確かめ、自分の目で見て観察し、自分の頭で考える。

本書を読んでいると、梅棹忠夫さんの姿勢は一貫しています。

未知なるものにあこがれ、自分の足で確かめ、自分の目で見て観察し、自分の頭で考える。
オリジナリティを大事にして、堂々と生きる。

これだけです。

自分の見たもの以外は信じない

特に本書を通じて強調しているのは、「自分の見たもの以外は信じない」という姿勢です。

何事もまずは、「ほんまやろか」と疑ってかかり、固定観念に囚われない。新しい話を聞いても、「あんたは自分で確かめたのか?」と聞いて、「いや、どこそこに書いてありました」と答えたら、一切信じない。自分の足で歩いて、自分の眼で見て、自分の頭で考える。それが、梅棹忠夫さんの思想の原点なのです。

だからこそ、梅棹忠夫さんは、自分の頭で考えたことを、人が読んでも分かるような内容でまとめることに、とことんこだわりました。膨大な数のメモもきちんと文章としてまとめ、誰が読んでも分かるようにする。写真を撮るだけでなく、物の構造を理解するために、スケッチも書く。すべては「自分の目で見て観察し、自分の頭で考える」ためです。

頭でっかちになっていないか

本書を読んでいると、まるで自分が怒られているような気分になってきました。本ばっかり読んで頭でっかちになって、ちゃんと自分の頭で考えているのか、と。

でも、僕は本書を読んで、ますます梅棹忠夫さんの考えに興味が湧いてきました。梅棹忠夫さんには「頭でっかち」と怒られるのかもしれませんが、「知的生産の技術」を始めとする梅棹忠夫さんの他の書籍も読んでみたい。そんな気分にしてくれた1冊です。梅棹忠夫さんの関西人特有のべらんめえ調で語られた言葉を読んでいると、どこか頭の中のもやもやが晴れてくるような気がします。オススメです。

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