Jリーグの移籍市場で何が起こっているのか。「サッカー選手の正しい売り方」(小澤一郎)から読み解く。

先日、小澤一郎さんが書いた「サッカー選手の正しい売り方」という書籍を読みました。20年目を迎えたJリーグが抱えている問題として、国外への選手の移籍増加があります。国外への選手の移籍は、日本サッカーのレベルアップを証明する1つの事象でもありますが、反面Jリーグからスター選手が流出するということを意味します。

また、移籍した選手の獲得にあたって「移籍保証金(違約金、以下移籍金】」がほとんど支払われない移籍が多く、移籍先から選手にかかったコストを回収できていないというのが、実情です。筆者が本書の冒頭で述べていますが、この問題は深く掘り下げていくと、「世界の中で日本人はどのように生きていくべきか」を考えることにつながるのです。したがって、今、サッカー選手の移籍問題について考えることは、スポーツの枠を超えて、意味のあることだと思うのです。

本書を読んで感じたことを、3回に分けて紹介していきたいと思います。
今回は「Jリーグの移籍市場で何が起こっているのか。」と題して、Jリーグの移籍市場について起こっていることについて、紹介します。

0円移籍

日本サッカー界では、最近「0円移籍」という言葉を耳にします。「0円移籍」とは、プロ選手が契約満了前に移籍する場合、移籍元クラブが「違約金」として、クラブに請求するもので、金額は両クラブの合意によって決められます。また、契約満了時以降の契約締結に関しては、移籍金なく自由に移籍でき、FIFAの移籍に関する規則にも「所属クラブとの契約が満了したが、あるいは6ヶ月以内に満了予定のときにだけ、プロ選手は別のクラブと自由に契約締結できる」と明記されてます。

この「0円移籍」が初めて話題になったのは、中田浩二のマルセイユへの移籍です。2005年1月に、中田浩二が鹿島アントラーズからマルセイユに移籍する時、鹿島アントラーズの契約切れを待って移籍したため、移籍金は発生しませんでした。

海外への「0円移籍」に拍車がかかった大きな要因に、香川真司の活躍があります。2010年に香川真司がドルトムントに移籍する時、移籍金がトレーニング費用(後日詳しく説明します)のみで、移籍金は発生しませんでした。

香川はドルトムントで大活躍し、ブンデスリーガ2連覇に貢献しました。「第二の香川を探せ」と考えたブンデスリーガを始めとする海外のクラブが、移籍金が発生しない日本人選手の獲得に積極的になったのは、当然です。

ちなみに、「0円移籍」が活発になったのは、海外だけではありません。2013年に浦和レッズは、森脇、那須、興梠といった有力選手を獲得しましたが、森脇と那須は「0円移籍」を活用した補強でした。

「0円移籍」を活用して海外に移籍する選手が増えましたが、海外に移籍する選手が増えたということは、Jリーグの「スター選手」が流出しているということを意味します。ファンをスタジアムに呼ぶことが出来る「スター選手」が減った結果、Jリーグは観客動員数やスポンサー収入の減少に苦しんでいます。

観客動員数やスポンサー収入の減少が、2015年シーズンの2ステージ制の導入につながったのは、サッカーに詳しい人ならご存知かと思いますが、海外で活躍する日本人選手が増えたことも、2ステージ制導入の要因の1つと言えます。

海外移籍を目指す選手とエージェント

「0円移籍」に拍車がかかった要因の1つとして、海外移籍を目指す選手とエージェントの意向もあげられます。選手の中には、Jリーグで活躍した後、いずれは海外で活躍したいと考えている人もいます。

獲得に移籍金が発生するということは、選手を獲得しようとする海外のクラブにとって、コストがかかるということを意味します。海外移籍を目指す選手の立場として、移籍金がかからない「0円移籍」で移籍したいと考えるのは、当然のことと言えます。

また、海外移籍を目指しているのは、選手だけではありません。海外移籍を自らの実績にしたいと考えるエージェントも、選手の海外移籍をサポートしていると、本書「サッカー選手の正しい売り方」に書かれています。

Jリーグクラブの対応

こうした「0円移籍」を活用した移籍に、Jリーグのクラブは対応できていないのが現状です。それどころか、香川の時のように「海外に移籍する時は移籍金が発生しない」という条項を取り決めている選手もいます。

2010年12月にスペイン1部のマジョルカに移籍した家長昭博は、ガンバ大阪との契約が残っていながら0円で移籍しています。なぜなら、ガンバ大阪と家長との間で海外移籍を優先的に扱う契約事項が結ばれていたからです。

他には、2012年7月にドイツ2部のボーフムに移籍した田坂祐介も、川崎フロンターレとの契約が残っていながら0円で移籍しています。噂では、川崎フロンターレは有力な大卒選手を獲得するために、「海外に移籍する時は移籍金が発生しない」という条項を結んでいたと言われています。海外に移籍したい選手の気持ちを上手く汲み取った獲得戦略かもしれませんが、獲得コストに見合った対応とは言えません。

当然、Jリーグのクラブは移籍する時は、移籍金がかかるように複数年契約を結ぼうと、選手と交渉しています。しかし、海外移籍を目指す選手とエージェントとの交渉は、中々難しいようです。昨年、浦和レッズの原口が契約を更新する時「海外に移籍するときに、チームに移籍金を残したい」という意向を表明し、複数年契約を結びましたが、こうした例はまだ少ないようです。

原口の場合、チームへの愛着が複数年契約を結ぶ、という結論になりました。本書では、複数年契約を結んだ上で積極的に移籍金を獲得出来るように、クラブも交渉上手にしていくべきだという指摘がありますが、僕は複数年契約を結び、移籍金を残した上で移籍することが「選手にもチームにもメリットになる」ことを選手とエージェントに認識してもらうことが、第一ではないかと思います。

複数年契約を結びたいと思わせるためには、選手にクラブに対する愛着が必要です。選手がクラブに愛着を感じてくれるためには、待遇の改善だけではなく、例え海外に移籍できなくても、チームに所属することが選手自身の成長につながると思わせるような場を、提供し続けることが重要なのではないのでしょうか。

技術の向上や人間の幅を広げてくれる指導者、チームの勝利、海外クラブとの試合、サッカー以外の社会との接点の提供などが考えられますが、海外に行けば大きなサラリーがもらえるだけでなく、日本とは異なる文化と触れ合うことによって人間として成長したい、という選手の要求をどのように叶えていくのか。20年目を迎えたJリーグに求められているのは、これらを満たすための国際感覚なのではないかと思うのです。

次は、岡崎慎司と長友佑都の海外移籍を例に、海外移籍についてより深く考えていきたいと思います。

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