岡崎慎司と長友佑都の移籍から考える「国際感覚」。「サッカー選手の正しい売り方」(小澤一郎)から読み解く。

2013/11/06

先日、小澤一郎さんが書いた「サッカー選手の正しい売り方」という書籍を読みました。20年目を迎えたJリーグが抱えている問題として、国外への選手の移籍増加があります。国外への選手の移籍は、日本サッカーのレベルアップを証明する1つの事象でもありますが、反面Jリーグからスター選手が流出するということを意味します。

また、移籍した選手の獲得にあたって「移籍保証金(違約金、以下移籍金】」がほとんど支払われない移籍が多く、移籍先から選手にかかったコストを回収できていないというのが、実情です。筆者が本書の冒頭で述べていますが、この問題は深く掘り下げていくと、「世界の中で日本人はどのように生きていくべきか」を考えることにつながるのです。したがって、今、サッカー選手の移籍問題について考えることは、スポーツの枠を超えて、意味のあることだと思うのです。

本書を読んで感じたことを、3回に分けて紹介していきたいと思います。
今回は「海外移籍の事例:岡崎慎司と長友佑都の場合」と題して、2人の日本代表選手の事例を紹介します。

岡崎慎司の移籍騒動に思う、「慣習法」への理解不足

2011年1月に物議を醸した移籍がありました。当時清水エスパルスに所属していた岡崎慎司が、ブンデスリーガのシュツットガルトに移籍した際、メディカルチェックを行い、記者会見を行ったにもかかわらず、清水エスパルスが2011年1月までの契約を主張し、シュツットガルトとの契約は二重契約であること、シュツットガルトから岡崎獲得にあたって事前告知がなかったことの2点を理由に、国際移籍証明書を発行せず、デビューが先送りになりました。

結局、FIFAが2011年2月17日付けで暫定の移籍証明書を発行し、岡崎はシュツットガルトでプレー出来る事になったのですが、当時この移籍については話題になりました。

移籍が話題になった理由としては、先日取り上げた「0円移籍」の問題が関係しています。先日、「0円移籍」と呼ばれる契約期間内もしくは契約切れに伴って、移籍金なしで移籍することによって、クラブがこれまで選手に払ってきたコストが回収できない、という問題が起きていることを紹介しました。

岡崎の移籍問題は、この移籍を「0円移籍として扱うか否か」という点にあります。詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、僕は本書を読んで、移籍にあたって、清水エスパルスと岡崎との間のコミュニケーション不足と併せて、清水エスパルスには欧米の交渉事に対する理解が不足していたのではないか、と感じました。

確かに、清水エスパルスが主張するように、厳密に言えば岡崎の契約期間とシュツットガルトの契約期間は重複するのかもしれません。しかし、欧米には契約について厳密に考えると同時に、契約が曖昧な部分については「慣習法」と言われる、過去の事例から「この場合は、こう対応する」という考え方が存在します。そして、交渉事においては、時に慣習法の方が強い効力を発揮することがあります。清水エスパルスは、こうした交渉事やヨーロッパのサッカー文化への理解が不足していたのでは、と感じました。

緻密な移籍戦略が成功した長友佑都の移籍

逆に、ヨーロッパのサッカー文化を理解した上で、移籍交渉を進め、成功した事例がFC東京からチェゼーナを通じてインテルへと移籍した、長友佑都の事例です。2010年7月にチェゼーナに移籍した時はレンタルでの移籍でしたが、2011年1月にインテルに移籍する際に、チェゼーナが買い取りオプションを行使し、インテルへと移籍させ、FC東京は推定2億円の移籍金を手にしました。

この移籍が成功した理由は、3点あります。

1点目は、選手と所属元チームとの信頼関係です。長友とFC東京は複数年契約を結んだ上で、選手の希望とチームの希望を一致させていくための話し合いを、継続的に行っていったのだそうです。したがって、海外からのオファーに対して、お互い情報を共有した上で、スムーズに対応することが出来ました。

2点目は、監督です。当時チェゼーナの監督を務めていたフィッカデンティは、FC東京の交渉の窓口を務めた立石氏と旧知の仲で、どういう監督なのか、どういう戦術を好むのかわかっていたというのです。したがって、この移籍は、ただ選手を売るのではなく、活躍するかどうかまでチーム側で検討した上での移籍ということが、重要なポイントです。

なぜ、FC東京が移籍先での活躍を心配するのか。それは、長友のチェゼーナへの移籍がレンタル移籍だったからです。移籍先のチームで活躍し、完全移籍で獲得しようと思ってもらわなければ、移籍金は支払われません。FC東京は親切心だけで長友が移籍先での活躍の可能性を検討したわけではなく、移籍金を獲得するというビジネス面でのメリットを得るために実践したのです。

3点目は、立石氏の国際感覚です。2点目にも書きましたが、FC東京はチェゼーナに長友を移籍させます。立石氏のしたたかなのは、FC東京としては、チェゼーナから移籍金を得ようと思ってはいなかったというのです。チェゼーナは「トランポリンクラブ」というビッグクラブにステップアップするためのクラブです。実際、長友の同僚だったジャッケリーニはユベントスに移籍(現在はサンダーランドに所属)、スケロットはインテルへと移籍しました。(現在はサッスオーロに所属)

だから、チェゼーナには移籍金の支払能力はあまりないと考えた立石氏は、チェゼーナからビッグクラブに移籍するときに、ビッグクラブ経由でチェゼーナから移籍金を獲得しようと考えたのです。この辺りの考えは、ヨーロッパサッカーの構造を理解した人でなければ、実行できない戦略です。

本書によると、立石氏はブラジルやアルゼンチンに、サッカー留学をしていた経験があるそうです。その時代に養った選手の移籍に対する感覚や、クラブの対応が、長友の移籍の時に活かされたのではないかと思います。

Jリーグのクラブに求められる「国際感覚」「魅力あるクラブ作り」

実は、岡崎慎司と長友佑都の移籍を手がけたのは、ロベルト佃という同じ代理人です。しかし、同じ代理人を通した移籍であっても、ここまで移籍の仕方に差が出るのはなぜなのか。僕は、フロントの「国際感覚」の有無が大きいと思います。

「国際感覚」と一言で言うのは難しいですが、語学に長けていればよいというわけではないと思います。複数の言語で会話が出来るのは当たり前で、海外の契約規定、慣習、文化を把握した上で、選手にとって、クラブにとって何がベストなのかを選択できる人でなければ、これからのプロサッカークラブの運営に携わるのは難しいのではないかと、本書を読んでいて感じました。

例えば、ビジネスの世界では「カントリーリスク」という言葉があります。
国の経済状況などを顧みて、国自体が抱えているリスクのことを指します。例えば、ギリシャやスペインのように経済危機に陥っている国は、給料が遅配される可能性があります。このようなカントリーリスクを、Jリーグのフロント担当者がきちんと把握しているのか、疑問に思うことがあります。

そして、この「国際感覚」の有無は、サッカーだけではなく現代の日本人に突きつけられている課題だと言えるのです。

次は、海外の移籍ビジネスの実情を踏まえた上で、選手やクラブの価値を高めるためのマネジメントについてより深く考えていきたいと思います。

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