選手やクラブの価値を高めるためのマネジメント。「サッカー選手の正しい売り方」(小澤一郎)から読み解く。

先日、小澤一郎さんが書いた「サッカー選手の正しい売り方」という書籍を読みました。20年目を迎えたJリーグが抱えている問題として、国外への選手の移籍増加があります。国外への選手の移籍は、日本サッカーのレベルアップを証明する1つの事象でもありますが、反面Jリーグからスター選手が流出するということを意味します。

また、移籍した選手の獲得にあたって「移籍保証金(違約金、以下移籍金】」がほとんど支払われない移籍が多く、移籍先から選手にかかったコストを回収できていないというのが、実情です。筆者が本書の冒頭で述べていますが、この問題は深く掘り下げていくと、「世界の中で日本人はどのように生きていくべきか」を考えることにつながるのです。したがって、今、サッカー選手の移籍問題について考えることは、スポーツの枠を超えて、意味のあることだと思うのです。

本書を読んで感じたことを、3回に分けて紹介していきたいと思います。
今回は、海外の移籍ビジネスの実情を踏まえた上で、選手やクラブの価値を高めるためのマネジメントについてより深く考えていきたいと思います。

契約更新しない選手は、練習にも参加させないヨーロッパ

Jリーグでは海外移籍を目論んで、「0円移籍」で海外に移籍しようと単年契約を締結する選手がいますが、海外だとそうはいきません。海外では、契約最終年の前年から翌年以降の契約交渉を行うそうですが、契約更新を拒むと、試合どころか練習に参加できない場合もあるそうです。

例えば、昨シーズンアスレチック・ビルバオに所属していたフェルナンド・ジョレンテは、契約更新を拒んだため、試合どころか練習にも参加できず、他のクラブとの交渉も禁止する、といった措置をクラブがとりました。こうした事例は、ヨーロッパのクラブでは決して特別ではありません。

日本人では、中田浩二がオリンピック・マルセイユに所属していた時、フィリップ・トルシエ解任後に戦力外とみなされ、ユースチームと一緒に練習させられただけでなく、イスラエルへの移籍を強制されたということがありました。

むしろ、本田圭佑のように、2013年12月で契約が切れ、残留を拒否しているにもかかわらず、練習にも試合にも参加出来ている事例の方が、例外といえるかもしれません。本田圭佑が、いかにチームから信頼を得ているかよく分かります。

0円移籍でも補償されるトレーニングコンペンセーションの利点と問題点

FIFAでは23歳以下の選手が移籍する際、その選手が12歳から21歳までプレーしたクラブ、すなわち育成してもらったクラブに対して、移籍先クラブが育成補償金たるトレーニングコンペンセーション(以下、TC)を支払うことになっています。例えば、香川真司の場合、2010年7月でドルトムントに0円移籍しましたが、ルールに従って35万ユーロのTCが支払われています。このTCは、セレッソ大阪だけでなく、香川が17歳まで所属していたFCみやぎバルセロナにも、支払われたと言われています。

また、香川の場合は23歳でマンチェスター・ユナイテッドに移籍したので、マンチェスター・ユナイテッドに移籍した際にもTCが発生しました。したがって、移籍の際には、ドルトムントに支払った移籍金以外にも、セレッソ大阪とFCみやぎバルセロナへのTCが発生したというわけです。

この事例からは、Jリーグのクラブが育成を強化するとともに、TCが補償される23歳までに、ヨーロッパに売れる状態に育て上げることが必要だということが、分かります。そうすれば、例え複数年契約を結んでなくても、ヨーロッパのクラブからある程度の金銭を得ることが出来るわけです。

もう一つ例を挙げると、中京大中京高校からアーセナルに入団した宮市亮の場合、アーセナルから中京大中京高校に対して、約3,200万円の移籍金を得る権利があったそうですが、ヨーロッパのクラブは高校を育成機関としてみなしていないため、TCを受け取っていないのだそうです。しかし、今後高校や大学の教育機関でも、TCを得るために、Jリーグのチームより、ヨーロッパのクラブと契約することを勧めるクラブのほうが増えるかもしれません。

一方、JリーグのTCの実態はどうなっているのでしょうか。

15歳から22歳までの間プレーした団体に支払われるトレーニング費用は、プロ入り直前の在籍団体には上限30万円×在籍年数(※ただし5年目以降は年15万円)、2つ前以前の在籍団体には上限15万円×在籍年数という計算式で算出する。一方のトレーニングコンペンセーションの計算式は、J1への移籍で年800万円。J2で年400万円、JFLで年100万円となっている。
(中略)
予算規模の大きなJ1クラブに入団する一部選手を除き、少なくないJクラブがC契約の年俸上限である480万円の中にトレーニング費用を組み込み、選手年俸からトレーニング費用を差し引くような契約形態を採り始めている。

優秀な若手がJリーグに来なくなる? TC請求権とは何か?

これを読む限り、海外の条件とは大きな開きがあることがわかります。これでは、海外から好条件のオファーが届いた場合、優秀な選手がJリーグではなく、直接海外のクラブに入団するケースが増えるのでないのでしょうか。

今後求められていること

本書を読み終えて、思い出したことがあります。

サンフレッチェ広島のミキッチのこんな言葉に、Jリーグの今後についてのヒントが隠されている気がしたので、紹介させて頂きます。

Jリーグのレベルは高いのに、なぜ日本の若い選手たちは外国のリーグに行きたがるのか? 
その理由がまったくわからないんだ。
こんなに素晴らしいスタジアムとサポーターの雰囲気があって、さらにパーフェクトな運営がなされている。プレーの質も高い。
それなのに、なぜJリーグより下のクラブに行く必要があるんだろう

安易な海外移籍決断に異を唱える、広島・ミキッチのJリーグ主義。

家族で気軽にスタジアムに行ける環境や、時間通り、スケジュール通りに運営されるといった、日本人は当たり前だと思っている点を、ミキッチは高く評価してくれています。Jリーグは、これまで「地域密着」を掲げ、身近な地域との結びつきを強くすることを重視してきましたが、これからはその魅力や自らのチームの強みをより広く発信し、リーグやチームとして特徴を打ち出して、価値を高めていくことが求められているのではないのでしょうか。

海外移籍については、言葉も通じない異文化に飛び込むことで価値観が変わって劇的な成長を遂げることあるので、選手の海外移籍を否定しようとは思いませんが、あくまで1つのオプションとして、認識すべきだと思います。現状うまくいっておらず、必要な努力もせずに、環境を変えたらうまくいくということは、まずありません。

この本は日本サッカーの問題点について書かれた本ですが、現代の日本社会や、ビジネスマンが抱えている不安や問題点が描かれた1冊でもあります。
ぜひ、多くの人に読んでいただきたい1冊です。

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